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育児戦争/家政夫と一緒。~3の47~

親子:後編



「わたし、わたしっ、ほんとはおとうさんと、もっといっぱいいっしょにいたかったんです⋯⋯っ。
 ごはんじゃないときも、ろうかであってあいさつするときいがいにも、いっぱい、いっぱい、おはなししたかったんです⋯⋯っ」
「⋯⋯っ」
「ぐすっ⋯⋯。
 でも、でも⋯⋯わたし、なんにもできないから⋯⋯。
 だから、ねーさんと、おとうさんの、おべんきょうのじゃましちゃいけないって。じっとしてました⋯⋯。
 そうやって、いいこにしてれば⋯⋯っ。
 いつかむかえにきてくれるって⋯⋯ぐすっ」
「さくら⋯⋯」
「⋯⋯⋯⋯」
「わたし、ばかですよね⋯⋯っ。
 そんなの、わかってもらえるはずなんて、ないのにっ⋯⋯。
 わたしが、いつもひとりでめそめそしてるとき⋯⋯ねーさんとあーちゃーさんはいつもこえかけてくれたんです⋯⋯っ。
 さくら、だいじょうぶ? さくら、どうしたのだ⋯⋯って」
「⋯⋯⋯⋯」
「ぐすっ⋯⋯おんなじ⋯⋯なんです⋯⋯!
 むかえにきてほしいっておもうのも⋯⋯だれかをしんぱいするのも⋯⋯!
 てをにぎらないと、こえをださないと⋯⋯っ⋯⋯なんにも⋯⋯つたわらないんです⋯⋯!
 わたし、おとうさんに⋯⋯っ、てをつないでもらったときね⋯⋯っ。
 すごく、すごくうれしくて、なんで、なんでゆうきをだしていわなかったのかって⋯⋯わたし⋯⋯わたし⋯⋯っ」
「⋯⋯⋯⋯」


 時臣の胸に顔をうずめて泣きじゃくる桜。
 自分はどれほど、この子の心を傷つけてきたのか。
 手を握れないことでどれほど辛い目にあわせてきたのか。


「だから⋯⋯やです!
 やですよぅ⋯⋯ぐすっ。
 もっといっぱい、おはなししたいです⋯⋯。
 おそとも、いっしょにあるきたいです⋯⋯っ。
 わたし……おとうさんと、いっしょにいたいんです⋯⋯!
 だから⋯⋯どこにもいかないで⋯⋯くださいよぅ⋯⋯!
 ⋯⋯ぐすっ⋯⋯うう⋯⋯うええええぇん⋯⋯!」
「⋯⋯桜⋯⋯」


 桜の背をきつく抱きしめる。
 感じるか細い温もりも、スーツを握り締める小さな手も、その全てが時臣を必要としていた。

 この子は⋯⋯遠坂桜は、まだまだ小さな幼子。
 強くなどない、ただ頑張っていただけなのだ。
 誰かにとって必要な人間で在りたいと、頑張っていただけなのだ。


 妻を喪い、ただ一人小さな命と向き合って。
 あまりに儚い命に怯えながら、君がしてくれていた事に日々感謝しながら、毎日のように悪戦苦闘して。
 その小さな手が少しづつ大きくなる毎日を、その喜びを。
 おまえを大切だと思うこの実感を────当たり前のものだと思い込んでいた。

 何故、桜の気持ちに気付かなかったのか。
 当たり前だ。
 自らの人生と伝えていくことの忙しさにかまけ、想いを声に出す事を怠っていた。
 選べなかったおまえと、向き合うことを恐れていた。
 その手を握らずして、伝わるはずが無い。


 おまえの事を愛していると⋯⋯伝わるわけが無い。



「私も⋯⋯おまえを愛している。
 おまえの事を⋯⋯いらない子だなどと。一度も思ったことは無い」
「⋯⋯あ。
 あう⋯⋯ううう⋯⋯ふえええ⋯⋯っ。
 わ、わた、わたしもっ⋯⋯だいすきです⋯⋯!
 だいすきですよぅ⋯⋯!」
「⋯⋯とうさん」


 泣きじゃくって時臣の胸に顔を擦り付けてくる桜。
 その様を瞳を潤ませて見つめる凛。
 きっと、凛も願っていたのだろう、桜の願いが叶うことを。
 桜が自分の思いをきちんと相手に届けられる、その日を。


「私は⋯⋯死ぬわけには、いかない。
 今まで出来なかった事の為に⋯⋯命を賭けるわけにはいかないのだな」
「⋯⋯!」「⋯⋯!」
「わかった。
 少々優雅さには欠けるが、戦術的撤退だ。
 凛、桜、地の果てまでも⋯⋯逃げ続けるぞ」
「⋯⋯とうさん⋯⋯!」
「お、おとうさん⋯⋯おとうさぁん⋯⋯!」


 二人の背を残った一本の腕で抱えると、残された魔力を総動員し、衛宮切嗣の妨害に回す。
 時臣の体がどこまで持つかはわからないが、今は全力を尽くすべきだろう。
 激しくなる銃声、さあ逃亡劇の始まりだ。

「凛、アーチャーの位置はわかるかね?」
「えと⋯⋯さっきからここらへんのマナがつよすぎて、もやっとしかわからないけど⋯⋯。
 さっきほうせきちょうをあーちゃーをさがすためにとばしたから、すぐわかるとおもう!」
「上出来だ。では行こうか、おまえたちのサーヴァントの下へ」
「うんっ!」「⋯⋯はいっ!」

 重力制御によって移動力を倍加すると、残された力を振り絞り時臣は地を蹴る。
 凛と桜、大切な二人の家族を────守るために。


◆  ◆  ◆  ◆  ◆  ◆  ◆  ◆  ◆  ◆  ◆  ◆




 家政夫と一緒編第三部その47。
 胸の内は思うだけでは誰かに伝わらない。
 声に出して、口に出して初めて伝わることもある。
 手を繋ぐことで、伝わる思いも────あるのだ。

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