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育児戦争/家政夫と一緒。~4の47~

epilogue3:枝葉



 キーンコーンカーンコーン⋯⋯⋯⋯。



 終業のチャイムが鳴り響く。
 一日の終わりを喜ぶ声が教室のそこかしこから聞こえ、これからの予定に賑わい始める。

「遠坂、もう帰るのか?」
「ん、ごめんね。今日は外せない用事があるの」
「ふーん⋯⋯。
 そういえば朝今日は何かあるみたいな事言ってたねー?」

 私の席にやって来た綾子は目ざとく予定を確かめに来る。
 どうやらまだ憧れの彼がどうとかという話を引きずっているらしい。

「何よ美綴さん、妙に絡むわね」
「我が親友が私より早く世の春を謳歌するのかと思ってね。
 めでたいけど少し悔しいから真偽を確かめないと」
「だから違います。いいじゃない、美綴さんもてるんだから誰かに決めちゃえば」
「うーん、どうもピンと来ないというのかなー⋯⋯。
 っと、野暮も程ほどにしておかないと嫌われちゃうな。ばいばい!」
「だから違うって言ってるのに⋯⋯ばいばい、美綴さん」

 こんな会話してるようだと、私達にはまだまだその機は来ないだろうなと思いつつ席を立つ。
 待ち合わせは遠坂邸の前になっているけど、桜は私のこと待っているだろうな。
 そう思い校門まで向かうと、正門の前にはちょっとした人だかりとベンツェが一台。

「あ、姉さん~!」
「あらリン、遅かったのね」

 そこには桜と、メイドさん達を後ろに控えさせたイリヤの姿。

「⋯⋯なにしてるかなー。
 イリヤ、貴方ただでさえ目立つんだから、こんなところで立ち話してるとみんなの迷惑でしょう?」
「知らないわそんなの。私はサクラとお話したかったんだから、ここから立ち去るなんてそれこそ話がおかしいもん」
「⋯⋯う? あ、あの⋯⋯私がいけないんでしょうか」
「ううん、全然」「問題ないよ」

 そこだけ声がハモったのがなんか嫌だったのでそっぽを向く。

「ま、まあとにかくここから離れましょう。
 大体イリヤ、待ち合わせはうちの前でしょう?」
「私とサクラはクラスメイトだもん。一緒に帰っちゃいけない理由なんて何も無いわ」
「そ、そりゃそうだけど⋯⋯」
「うう⋯⋯みんなで一緒に帰りましょうよぅ⋯⋯」
「⋯⋯そうね。じゃあ貴方達も車に乗るといいわ」
「────え?」「────ふえ?」



 そんなこんなで私と桜はベンツェの中にいる。
 イリヤが使っているベンツェは貴賓用のリムジンで、運転席と後部空間に敷居があり、後部座席が縦に設置されている貴賓仕様の車だ。その為、私達三人は並んで席に腰掛けている。
 桜とイリヤがおしゃべりしている間、外に目をやった私は車が深山町内を海側へ向かって走っているのに気付く。

「あれ、この車教会に向かってないわよね?」
「そうよ、切嗣を迎えにいくんだもの」
「あ、そっか。武家屋敷の方に住んでるんだったわね。
 そういえば城ってもう使ってないの?」
「今は別荘代わりね。管理は入れてるけどそれだけよ。
 私も切嗣もこっちの家のほうが好きだし」
「え、なんで? 城なんて羨ましいけどな」
「お母様の思い出、こっちのほうがたくさんあるから」
「⋯⋯あ」

 それで思い出した。
 そっか、アイリスフィールさんが亡くなったのって⋯⋯。

「ん⋯⋯ごめん」
「別に謝る必要なんてないわ。
 ⋯⋯むしろ感謝するのは私の方なんだから」
「⋯⋯え?」「ふえ?」
「う⋯⋯ううん、なんでもない」

 少しだけ頬を赤くしてそっぽを向くイリヤ。
 私と桜は顔を見合わせると微笑みあう。
 アーチャーの頑張りは切嗣さんたちも救えたんだって、少しだけ実感できたから。


 ベンツは深山町の奥深くにあるピカピカの武家屋敷の前で止まる。
 連絡が済んでいたのか、屋敷の前で杖を突いて待つ人影一つ。
 衛宮切嗣さんだ。前部座席からメイドさん達が降り、切嗣さんを迎えに行く。

「お迎えに上がりました、衛宮様」
「迎えに来た、キリツグ」
「済まないな、手間をかけさせる」
「キリツグ~~!」

 イリヤは私たちの前であるにもかかわらず満面の笑みを浮かべて切嗣さんに飛びつく。
 もちろん足を悪くしてる切嗣さんにそのタックルをかわせる筈も無く、二人もろとも地面に転倒。ただ、イリヤの事をきちんと受け止めているあたり切嗣さんも流石だ。

「はは⋯⋯勘弁してくれよ、イリヤ」
「勘弁しないわ。キリツグには一生をかけて私を一人ぼっちにしようとした罰を受けてもらうんだから!」
「⋯⋯ああ、そうだな。随分と幸せな罰だが」

 そう言ってイリヤの頭を撫でて微笑む切嗣さん。
 彼が浮かべる微笑の重さがどれほどのものか、あれからの一部始終を知る私たちには少し判る。



 ────アインツベルンの雇われマスターとして冬木にやって来た切嗣さん。
 けれど、彼のやった事はアインツベルン最後の秘奥とも言える聖杯の術式の完全破壊だった。
 それを聞いたアインツベルンの最高権力者である“お館様”は、烈火のごとく、地獄の鬼の如く怒り狂ったらしい。
 イリヤを迎えに行くため、アインツベルンへと向かった切嗣さんは、それはもう盛大な歓迎を受けたらしく、彼一人ではとてもじゃないけどイリヤの奪還は出来なかった。

 そんな彼を助けたのが私のお父さん遠坂時臣率いる親遠坂一派と、今は亡き聖堂教会の神父言峰璃正さんと言峰綺礼、それに聖杯戦争当時にも関わりがあったらしい時計塔の現ロードの一派⋯⋯だった。

 その辺の詳しい事情は知らないんだけど、とにかく切嗣さんはそれ以外にも多くの人の協力を得て、アインツベルンからイリヤを奪い冬木に帰ってきた。
 イリヤが冬木にやって来てからもそれはもう一悶着どころか数え切れないくらいの事件があったんだけど、それからいろいろあってアインツベルンとの間に仮初の和平交渉が成立したみたい。

 ただ、その代償として数年に渡り限界の戦いを繰り広げた切嗣さんの体は、まともに動き回る事も出来ない状態になってしまい。
 アイリスさんは聖杯戦争の後遺症で他界してしまった。

 ⋯⋯もし、そこに救いがあるんだとしたら。
 切嗣さんとアイリスさん、そしてイリヤの三人は、一緒にいる間とても幸せそうだったことであり。
 イリヤがこうして笑って過ごせる日々を送れている、ということだろうか────。



「あっれ~~~っ、切嗣さん。それにイリヤちゃんも。
 どうしたんですかみんなして。
 それに遠坂さんところの凛ちゃんと桜ちゃんも⋯⋯」

 物思いにふける私の耳に元気な声が届く。
 ショートカットに薄化粧、大学生とは思えない童顔のその人は、藤村組の一人娘、藤村大河その人だ。現在は教員目指してまっしぐらとか。

「やあ大河ちゃん、奇遇だね」
「ばかタイガ、邪魔しないでよね。
 切嗣は私のなんだからね、べー!」
「ムッカ―!
 年上に向かっての第一声がそれか! 教育者(未満)として、悪魔ロリ娘に教育的鉄槌をくれてやるわ!!」

 イリヤを受け止めたままの姿勢で挨拶をする切嗣さんと、切嗣さんに抱きついたままの姿勢であかんべーをするイリヤ。
 そこに炸裂するフライングエルボー、無論喰らうのは切嗣さんだけというお約束。

「んー⋯⋯以降もわりと幸せそうかも⋯⋯」
「ふえ? 何がですか?」
「なんでもないっ」

 切嗣さんに平謝りをする冬木の虎を眺めつつ、そんな感慨を抱く凛ちゃんであった────。




 家政夫と一緒編第四部その47。epilogue3。
 弓兵が人の連なりの中から救いを得たように、灰色もまたその答えの中に救いを得る。
 天秤の守り手はもう、乗せる錘を壊すことは出来ない。
 けれど、銃を握れなくても、戦う事は出来なくても、誰かを守る手段はここにある。
 誰かの未来を紡ぐ事、その枝葉を広げていく事、天秤の上で────生き続ける事。
 最後のカケラは教えてくれた、一人では出来ない救済の意義を。
 枯れ果てた灰色は腕の中の温もりを抱きしめ思う。

 この子を守り、生きていこう。
 その未来の為に、歩いていこう────と。

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