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育児戦争/家政夫と一緒。~4の48~

epilogue4:大丈夫



 一騒動も収まってようやく走り出したベンツ。

「いやはや、済まなかったね」
「キリツグは悪く無いもん。悪いのはタイガ。
 ライガに言いつけてお小遣い減らしてやるんだから!」
「あはは⋯⋯」「あははは⋯⋯」

 恐縮する切嗣さんを前に苦笑いを浮かべる私と桜。
 どうやら複雑な人間関係があるようなので口を挟まないでおく。

「それにしても⋯⋯ようやくか」
「⋯⋯はい」
「自分のほうで手一杯になってしまって、君たちに手を貸してあげられなかった、済まない」
「いいえ、これは私たちがやるべき事ですから」

 少しだけ神妙になる車内の気配。
 この日を誰よりも待ち望んでいたのは私たち。だけど、不安が無いといえば嘘になる。
 父さんも綺礼も、生前の璃正神父も、これは確率の低い賭けだって言っていた。だから、それを高いものにしようと頑張った。
 これで駄目なら⋯⋯ううん、そんな事考えちゃ駄目だ。

「姉さん⋯⋯」

 桜の小さな手が私の手をぎゅっと握る。
 私の不安を感じ取ったのだろうか。
 はあ⋯⋯まだまだ未熟だな。アーチャーに笑われちゃう。

「大丈夫、私たち頑張ってきたんだから。きっとうまくいく」

 決意は胸に、心は未来に。
 辿り着く結果を強くイメージして冬木大橋を眺める。
 橋の向こう、新都にある言峰教会。
 その場所で眠る大好きな人の事を、強く思う。


 迎えに来たよ、アーチャー────。






 ベンツが教会前の広い舗装路に止まる。
 外につけた車の気配に教会の中から人影が現れる。
 父さんと綺礼、それに聖堂教会の司教であるディーロおじいちゃん。


「父さんっ」
「お父さんっ」
「凛、桜、来たか」


 父さんはいつもどおりの仏頂面で飛び込む私たちを優雅に受け止める。
 桜とのスキンシップが功を奏したのか、子供の扱いもとっても上手になり、父さんのおっきな手は私たちの頭を優しく撫でる。
 うん、少し落ち着いてきた。

『ディーロおじいちゃんも、今日はありがとう!』
『ありがとうございますっ!』
『二人の笑顔が見られるのならば遠路はるばる来た甲斐があるのう。
 して、代行者言峰、そして遠坂時臣、今日集まる人間はこれで全員か?』
『はい。本当はもう二、三人増やせば儀式の成功率も上がるのですが⋯⋯』
『それは言わない約束だ、綺礼。
 サーヴァントの封印処理など、魔術協会、聖堂教会共に関係者以外に知られれば面倒な事になる』
『サーヴァントの封印保存⋯⋯これは魔術にとっては画期的な成果となるでしょうからね』
『どちらにしろ⋯⋯この儀式が成功しなければ何の意味も無い。
 魔術にとっても、我々にとっても⋯⋯な』



 ────つまりは、そういう事なのだ。

 深山山中での最後の戦いの後、消滅の危機に瀕していたアーチャーはやってきた父さん達の提案を呑んだ。



 ────魂の封印。
 魔術協会で行われている魔術師の封印研究・保管技術と、強力な死徒すら封印し戦力として運用を行ったとされる聖堂教会の封印理論を用いる事で行われたのが、サーヴァントを封印し、現世に縛る“魂の箱”の儀式だった。

 それだけのスペシャリストが協力してくれるのかという問題は幸運な事に、教会上層部に対し信任厚い言峰璃正神父が、これまた話のわかるディーロ司教に掛け合ってくれたことで実現する。
 ディーロ司教自身、聖遺物の封印管理を行う第八秘蹟会の司教という事もあり、封印に対しての造詣が深かった事も幸いした。
 なんと彼自身がイタリアからこちらに出向き、手を貸してくれることになったのだ。

 表向き聖杯戦争の事後処理と予後観察という名目での来日だったみたいだけれど、ディーロおじいちゃんの行動は明らかに私達の思惑を汲んでくれたもので、聖堂教会の手も魔術協会の目も封印作業中の私達に向くことは無かった。
 なんて話のわかる優しいおじいちゃんだろう。
 私も桜も茶目っ気たっぷりで快活な彼のことが大好きになり、本当のおじいちゃんみたいに懐いた。

 魔術協会側の協力は、父さんが長年を培って築いた強力なバイパスが役に立ち、一週間超という驚くべき速さで資材供与が成り、実行に移される事になった。


 一方、アーチャー本人は未熟な私たちの為、現界に必要な消耗を一人で背負い本当に危ないところだったんだけど、私や父さんの貯蔵していた宝石や、聖杯戦争の監督役として貯蔵してきた璃正神父の預託令呪のおかげで、準備が揃うまでの期間なんとか保たせることが出来た。

 そうして封印自体は滞りなく進み、アーチャーは教会にて眠りにつく事になったのだ────。




「さて、参ろうか(OK, andiamo)」

 ディーロ司祭の誘いに応じ、教会へと足を進める一同。
 広い教会堂を抜け居住区を進むと、壁と壁の間に在る細い空間に地下へ降りる階段があった。
 きっとこの下にアーチャーはいるのだろう。
 でも、父さんは下へと進むことなく一同に声をかけ足を止める。
 綺礼に目配せをしてディーロおじいちゃんとの打ち合わせを始めさせると、父さんは私たちの前に膝を付き目線を合わせて話しかけてくる。


「父さん?」
「お前たちは教会堂で待っていたまえ」
「え⋯⋯?」
「あの⋯⋯アーチャーさんは⋯⋯」
「彼は地下だ。地下礼拝堂は彼の封印の為、外と遮断する構造に作り変えてしまっていてね。
 ならべくならば儀式に備えてお前たちを入れないようにしたい」
「私達は⋯⋯必要ないんですか?」「あう⋯⋯」

 泣きそうになる私達の顔を見て眉を寄せると、父さんは言い聞かせるように真っ直ぐに見つめてくる。

「それは違う、念には念を入れておきたいだけだ。
 この儀式はお前達が要であると同時に、お前たちが負うリスクが一番高い。
 彼の“解凍”が完了し、レイラインの確立が制御できるようになるまでお前たちをアーチャーから離しておきたいのだよ」
「え⋯⋯」
「言ったはずだ、サーヴァントの現界基盤たる聖杯は既に存在しない。
 彼が蘇るという事は、彼の魂を存在させる為の全ての魔力をお前達が賄う事になる。
 ⋯⋯それは、召喚時に消耗する魔力の比ではない。
 もしも儀式に失敗すればお前たちにも命の危険が及ぶということだ」


 父さんの顔は深刻そのもので、私たちの命を心配する父親の表情だった。
 この儀式には前例が無い。だから、精霊に匹敵する英霊という魂の蘇生行為において、発生するリスクが計り知れないのだ。


「父さん⋯⋯」
「お父さん⋯⋯」
「早く会いたい気持ちは判る。けれど、その為にお前たちが命を落とすような事があれば彼も悲しむ。
 そうならない為に私達は全力を尽くす。だから、少しの間だけ我慢していてくれ」
「はい⋯⋯」「はい」
「良い子だ」


 私達は⋯⋯まだ未熟なんだ。
 数多くの人たちが関わるこの儀式で私達には命を賭けられるほどの能力が無い。
 それが悔しくて⋯⋯歯を噛み締める。
 父さんはそんな私たちの頭を優しく撫でると、ディーロおじいちゃんと綺礼のところに打ち合わせに行ってしまう。


「⋯⋯リン、サクラ」
「うう⋯⋯な、なぁに」
「あうう⋯⋯」
「ほら」

 俯く私たちの傍にやって来たイリヤは、眉を寄せてハンカチを差し出してくる。

「涙でてるよ」
「え⋯⋯あ」
「あう⋯⋯」
「あまりごしごし拭かないようにね。
 目の周り赤くなっちゃうから」
「う⋯⋯うん」「はい⋯⋯」

 いつもは意地悪な彼女が見せる優しさに少し呆気に取られる。
 なぜだか、彼女の優しさは無力に悔しがる私たちの心を包んでくれるようで⋯⋯。

「あ⋯⋯ありがと」
「イリヤちゃん⋯⋯」
「⋯⋯大丈夫、今度は私の番。
 貴方達はキリツグとお母様を助けてくれた。
 だから冬の聖女の名に賭けて、アーチャーを必ず貴方達の前に連れてくるから」

 そう言って私たちの頭を優しく撫でる。
 その仕草や態度は、まるで年上のお姉さんみたいで、ちょっと照れくさい。

「キリツグ、二人をお願い」
「ああ、わかった」
「行くわよ、セラ、リズ」
「はい、イリヤスフィール様」
「わかった、イリヤ」

 イリヤは二人のメイドさんを連れてお父さんたちの輪に加わる。
 イリヤのメイドさん二人は、一人が魔術のエキスパートで、もう一人がイリヤの魔術礼装⋯⋯と言うことらしい。
 補助礼装としての力を持つもう一人のメイドさんは、ある目的で鋳造されるところを聖杯戦争の崩壊で別の目的をもつ礼装として作り直された⋯⋯って聞いたけど詳しいところは知らない。
 ただ二人とも涙を拭く私たちを見て、

「頑張りなさい」
「イリヤが世話になった」

 そう言って励ましてくれた。
 あんまり話したことはなかったけど、二人の優しさが嬉しくてまた少し泣いちゃった。駄目だ駄目だ、しっかりしなきゃ。

「さあ行こうか。僕達はここにいても邪魔になるだけだ」
「はい」「はいっ」

 切嗣さんに誘導されて教会堂へと戻る私たち。
 一度だけ振り返ると、みんなでこちらを見て、大丈夫だって顔で笑いかけてくれる。
 うー、どれだけ情けない顔をしてるんだろう。
 だから一生懸命笑顔を作って、


「お願いしますっ!
 アーチャーを⋯⋯私たちの大事な人を。
 助けてくださいっ!」
「お願いしますっ!」


 そう言ってぺこりと頭を下げた。




 家政夫と一緒編第四部その48。epilogue4。
 一生懸命走り続けた聖杯戦争。
 大好きな人と一緒にいたい、それだけで走ってきた。
 けれど、ただがむしゃらに彼と同じものを見て走り続けた日々の行いは、結果的に数多くの人を救うことになった。
 だから、子供達も信じられる。
 悩んで、苦しんで、それでも諦めなかった彼の夢。
 貫き続けた彼の生き方はきっと────多くの人を救えるのだと。

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