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育児戦争/家政夫と一緒。~4の50~

epilogue6:君と行く、未来



 ────強い風が吹きすさぶ七色の世界。
 形在るものの生存を許さない巨大な暴風の中で、揺らぎもせず、屈する事も無く、ただ風の吹く場所を睨んで立つ影一つ。


「あ⋯⋯」
「あ⋯⋯」


 私達は⋯⋯その後ろにいる。
 命を奪うかのように吹く強い風は大きな体が全部受け止め、その猛威から私たちを守ってくれていた。
 それに気付いた私と桜は、彼にお礼を言おうとその背中に近づいていく。
 でも、あまりに風が強いからその場所まで近づくのはとっても大変で、まるで凄い台風の日に、差した傘を守りながら歩くみたい。
 一歩、また一歩。桜の手を強く握り締めながら近づいていく。
 そうして、彼のところまであと数歩というところで。
 私は気付いてしまった。



 ────その人はもう、人間の形なんてしていない。
 ううん、生きてるのかどうかも判らない。



 体からはたくさんの棒を生やし、体は岩の表面みたいにでこぼこになってる。
 風から身を守るためにそうなってしまったのか、皮膚だったところはまるでブロンズみたいにつるつるで、七色の光を映してる。
 手も足も細くって⋯⋯まるで、何年も何も食べて無いみたい。
 だけど⋯⋯私たちを守ろうと、立つ⋯⋯せ、背中は。
 広くって、大きくって。



 それが誰なのか⋯⋯私達は気付いた。



「アーチャー⋯⋯?」
「あ、アーチャーさん⋯⋯?」


 呼びかける。だけど、返事なんて無い。
 だって⋯⋯だ、だって。その姿は⋯⋯もう。
 生きてるようには、みえない⋯⋯っ。


「あ、アーチャー!!」
「アーチャーさぁん!!」


 一生懸命駆け寄ろうとする私たちを風が邪魔をする。
 アーチャーの背中に近づけば近づくほど風は強くなって、私たちの小さい体を吹き飛ばそうとする。


「うううううっ⋯⋯!」
「ううううう⋯⋯!」


 一歩、また一歩。魔術で穿たれた輝く道を踏みしめて、アーチャーへと近づいていく。
 風に削られ見る影も無いその姿が、朝焼けの中、私たちを抱きしめるあの日のアーチャーに重なる。



『⋯⋯大丈夫。
 苦しい事は全部引き受ける。だから、笑っていてくれ』



 ────何かを得るという事は、何かを失う事。

 それは魔術を成す事でも、未来を選ぶ事でも変わらない。
 無理を通すのならば、対価が要る。
 英霊を供給も無しに留めるのならば、代償が要る⋯⋯っ。
 アーチャーは私たちと一緒の未来を得るために、自分の身を削り、たくさんの苦痛を代償にしたんだ⋯⋯!



「ううううううっ⋯⋯邪魔しないでっ⋯⋯!」
「アーチャーさんのところに⋯⋯行くんですからっ!」


 風は私達から何かを奪うように猛然と吹きすさぶ。
 いいよ、なんでももってけっ!
 こんなの、いままでずっとここにいたアーチャーに比べればなんでもない!
 私たちを守るために、私たちの我侭を、その幸せを⋯⋯っ、守ってくれるためにっ! 
 ここで頑張ってくれたアーチャーに比べればなんでもないっ!!



「アーチャー⋯⋯!」



 もっと努力するべきだった。
 もっともっと、必死に、一歩でも早くここに来るべきだった!
 でも、後悔は足を鈍らせるだけ。
 だからこれから取り返す、絶対に諦めない。
 手を引いて────一緒に帰るんだ!

 一歩、また一歩。目指す背中にもう少しで手が届きそう。
 風が強すぎて、桜の様子を確認できない。
 だから、繋いだ手をただぎゅっと握り合って、お互いの無事を確認する。
 大丈夫、みんなで帰るんだ。こんなとこで終わってなるものか!


「アー⋯⋯⋯⋯チャー⋯⋯⋯⋯!」


 あと一歩、あと半歩。
 広い背中に手を伸ばす。
 他の場所はボロボロで見る影も無いけど、一度足りとて振り返らず、私たちを守り続けてくれた背中はとても綺麗で。
 それが誇らしくって、嬉しくて、大好きで。



 だからもう────二度と離すもんか。



「⋯⋯つか⋯⋯まえたっ!!」
「つかまえ⋯⋯ましたっ!!」




 家政夫と一緒編第四部その50。epilogue6。
 追いかけても、近づくと離れて行った背中。
 だから、いつだって行かないでと追いかけていた二人。
 でも、貴方は私たちと一緒にいることを選んでくれた。
 苦しくても辛くても、この世界で生きていく事を選んでくれた。
 だから、迎えに来たよ。
 あなたと一緒に生きていきたいから。

 さあ────一緒に帰ろう!

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