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育児戦争/家政夫と一緒。~4の35~

竜神


 魔気揺らぐ大気の中を、柳洞寺へと向かうセイバー。
 その後ろを高速で追ってくる何者かの気配に気付き、溜息をついて足を止める。

「⋯⋯アーチャー。
 貴方には切嗣と子供たちを守って欲しかったのですが」
「判っているさ。ただ、座して待つのは性に合わんのでね」
「まったく⋯⋯貴方は弓兵の癖に前に出すぎです」
「王の癖に最前線で戦う向こう見ずに言われたくは無いがね。
 それでは兵達も不安だろう?」
「言いますね。最後にきちんと決着を付けますか?」
「それは御免被りたい」

 そう言ってひとしきり笑った後、どちらとも無く歩を踏み出し、柳洞寺に向かって走り出す。

「大池の状況は?」
「偵察した時にはコールタールの様な色をしていた。
 こちらの気配に気付けば襲い掛かってくるだろうな」
「アーチャー、全力のアヴァロンならばあの泥をも跳ね返せるだろうが、残存魔力を考えると聖剣起動の為に僅かでも魔力を温存しなくてはならない。
 私が聖杯を断つまで耐えられますか?」
「私ならやれる⋯⋯だろう?
 どちらにしろやらねばなるまい」
「ふふ、そうでしたね。期待しています」
「ああ、期待しておけ」

 それっきり無言になる二人。
 サイレンの音が騒がしい町の中心部を避け、山沿いに柳洞寺へと近づいていく。
 夜の闇よりもなお深く、濃厚な瘴気が立ち込める林を抜けて参道を登る。
 そして、山門を抜け侵入した柳洞寺は────別世界であった。



 ────オオオオオオオォォン。



「────────」
「────────」

 境内に漂う濃厚な瘴気に眉をしかめる二人。
 粘つく瘴気は既に大源とは呼べず、侵入するものを喰らおうとする攻性の意思を帯び、正面に見える伽藍は既に無機物のしての気配を失い、伏したる巨大な悪鬼の如き威容を見せている。
 そして、何よりも異質なのが────土地そのものから発せられる禍々しい悪意だ。

「これは」
「拙いな」

 大空洞で対した時の比ではない。アンリマユはより巨大な存在へと変わっている。

「⋯⋯奴は依代を失ったはずではないのか?」
「考えていても埒が明きません。私たちは出来る事をやるしかない」
「そうだな」

 顔を見合わせ一つ頷くと、石畳を踏んで走り出す。
 その途端、周辺を漂っていた瘴気は立ち塞がるように密度を増し、呪いの霧となって二人に襲い掛かる。

「⋯⋯っ」
「セイバー、これを使え!」

 瘴気によって足止めを受けたセイバーを見ると、アーチャーは何処からともなく取り出した聖骸布を放る。
 セイバーは感謝の笑みを一つ浮かべ、赤い布を外套代わりに纏うと聖剣を振るって瘴気の渦を切り裂く。
 放たれる黄金の輝きによって潮が引くように退いていく瘴気。その隙を逃さず境内を駆け抜ける。
 伽藍を迂回し、寺の中庭を進む二人。彼らの進路を塞ぐように建物の影から泥の触手が伸びてくる。

「散れっ!」
「おおおおおっ!」

 襲い掛かる泥の触手を時に切り裂き、聖骸布でいなし、足を止めることなく進み続ける。そうして伽藍のある地域を過ぎると、大池に繋がる林道へと出る。
 ここを抜ければ大池はすぐそこだ。
 だが、林道へ踏み込んだ二人を迎撃するために、林の奥から泥の触手が伸びてくる。
 木々の間を縫って飛来する鞭の数は数十本。尋常な量ではない。

「────!」
「セイバー、まだだ!」

 足を止め精神集中に入ろうとするセイバーに声をかけて止める。彼女に無駄な魔力を使わせるわけにはいかない。
 アーチャーは周囲に目を走らせ地形状況を確認する。
 林道は急な勾配の丁度真ん中に切り開かれて作られた形になっている。恐らくは大池が湖だった頃、この場所は池から流れ出る清水が作る川だったに違いない。

「────よし。セイバー、一旦伽藍まで退くぞ」
「はい」

 脚力に魔力を回し大きく跳躍すると、伽藍の屋根に着地する二人。
 引き離した泥の群れを見つめるアーチャーの手には投影した大弓と二本の“螺旋剣”。


「────偽・螺旋剣(カラドボルク)」



 ────キュゴウッ!!



 急勾配を見据え、一本目の螺旋剣を斜面上方に向かって射撃する。
 間をおかず、二本目の螺旋剣を反対側の斜面上方へ。


「壊れた幻想(ブロークン・ファンタズム)」



 グワッ────!!!



 斜面に突き刺さった二本の螺旋剣は大爆発を起こし、山の斜面を液状化させる。起こった土石流は木々を巻き込み、泥の触手の根元を飲み込み押しつぶしていく。

「────貴方が一人居れば工作兵は要りませんね」
「私は高いぞ」
「私の下で働く事に不満でも?」
「⋯⋯さすがは専制君主様だ」

 濛々と上がる粉塵に紛れ二人は大池へと迫る。途中崩れた谷を越えて泥の鞭が迫ってくるが、セイバーの斬撃によって難なく打ち倒し進む。
 そうして────辿り着いた大池。


「⋯⋯⋯⋯な」
「これは⋯⋯」


 山の斜面から大池を睥睨する二人はその状況に絶句する。
 そこに“居る”のは泥でも、億の呪いでもなかった。
 池の清水が湛えられていた場所には、泥で編まれた巨大な“生物”が眠っている。丸くなっているために体長などは推測できないが、大池に湛えられていた水量全てを使って具現化したのならば、その体積は小さな山ほどあることになる。

「なんだ、これは」
「⋯⋯竜」
「⋯⋯?」
「遙か昔、未遠を統べ、この地を支配していたといわれる竜種。
 冬木の竜神⋯⋯か」

 柳洞寺の文献にもあった冬木の竜神伝説。
 幾多の流れが合わさって生まれた大河、未遠川に住み、冬木の地を支配していたといわれる強大な竜。
 彼は旅の僧に調伏され、柳洞寺に鎮まったと言う。

「伝説などでは無かったという事か。
 竜神伝承、龍の腸、霊脈を支配する円冠⋯⋯なるほど。
 制御を失ったアンリマユは手っ取り早く、そして最も強大な依代を通し具現化したらしい」
「どういうことです、アーチャー?」
「ふん、単純な事だ」


 眠っていた巨大な生物は二人の気配を察したのか、その首を上げる。
 巨大な角、逞しい顎、爬虫類を思わせる鋭い双眸。
 その造型はまさに────伝説にある竜の姿だ。


「最後の最後、我々の前に立ち塞がる敵は────冬木そのものということだ」




 家政夫と一緒編第四部その35。
 形を持たぬ概念に過ぎない英霊、アンリマユ。
 彼は依代となるモノの意と形を通して実体を得る。
 吸収と架空元素を司る者がその原型ならば、全てを喰らう影の海月へと。
 体こそ人そのものだが、誰よりも強靭な意思を持つ概念の化け物が原型ならば、人と化け物の属性を持つ獰猛な反英雄へと。
 そして、霊脈そのものの具現である生きた魔術回路“竜神”がその原型であるならば────その形は竜を模す。

 遙かな時を越え、鎮まっていた冬木の竜は────人の願いを叶える聖杯の力を得て、今ここに復活を果たす。

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