育児戦争/家政夫と一緒。~その33~
Interlude:夢の代価~後編~
────どんな時も曲げることなく貫いてきた夢。
誰かを苦しみから助けたい、誰かの笑顔を守りたい。
それ以外のことなど、空っぽの彼の内には無かった。
だからその夢が、『もっと多くの人を救う』願いに変わるまで、時間はそうかからなかった。
しかし、多くの人を救うという、その行為。
その夢を、人の器(じんせい)で成す為には、捨てなければならないものがあった。
────誰かと、深く関わること。
理想を胸に旅立ったその日から、こんなにも深く誰かを想い、共に過ごす時間など彼には無かったのだ────。
「ぐすっ⋯⋯ぐす。あー⋯⋯ちゃー⋯⋯?」
消えたぬくもりに驚いたのか、アーチャーを見上げる凛。
彼女の瞳は、アーチャーが見据える“他の何か”を察したのか、見る間に涙を溢れさせ、
「あ⋯⋯や、やだぁ!」
必死になって、アーチャーの腕にしがみつく。
涙に潤んだ凛の瞳は強く語っていた。
────そんなのは、絶対に嫌だ、と。
「────」
その思いが、胸に痛い。
けれど、アーチャーは既に『そういうモノ』だった。
例え、目の前に光り輝く大切な宝物があったとしても、アーチャーは自身を形成する夢を裏切れない。
────優しく、だが決然と。
アーチャーは凛の体を離し、立ち上がる。
「ぐすっ⋯⋯あー⋯⋯ちゃーさん?
⋯⋯いっちゃ⋯⋯やです!」
「⋯⋯どこにも行かない、必ず帰ってくる。
だから、ほんの少しだけ、涙を我慢していてくれ」
⋯⋯酷い男だ、そう思う。
あの日の君は、今の自分に死んでしまえと言うだろう。
だから、嫌われて当然。
「⋯⋯ばかぁ⋯⋯! ぜったいかえってきてよ⋯⋯! ひっく⋯⋯!」
「う、ぐす⋯⋯。
いって⋯⋯らっしゃい⋯⋯。
でも、でも⋯⋯かえってきたらずっといっしょに⋯⋯いてください。
やくそく⋯⋯ですよ?」
それでも、そんな酷い男のことを。
二人は必要だと言ってくれた。
「────」
狂おしいほどに、それが■しかった。
けれど、その思いはこの男には過ぎたる物だ。
二人の問いに一つ頷くと、霊体化を行い床を蹴って跳ぶ。
一瞬の後、その体は刺す様な冬の外気の中にあった。
良すぎる耳が距離を隔ててなお、二人の悲しい声を捉える。
『────オマエはもう、あの二人と親しくするべきではない』
そう、自分の中の誰かが忠告する。
「もう、遅い。
最後の最後まで、この宝物を守るしかない。
オレには、それしか出来ない」
冬木の風が血の匂いをはらんで頬を撫でる。
その血風がいずれ、より強く吹き荒ぶ日が近い事をアーチャーは感じていた。
そう────『聖杯戦争』の始まりだ。
かの戦いの始まりは、二人のマスターとの別れが近いことも意味している。
「⋯⋯こんなことになると、最初から分かっていたハズだ。
エミヤ、オマエはどこで壊れた?」
自問の答えはもう出過ぎるほどに出ていた。
「⋯⋯最初からか。
なんの、私はただの────」
英雄などと大仰なものではない。
喜びも悲しみも、そして────幸せも感じる。
「ただの、人間だ」
Interlude:夢の代価~後編~。
長い長い道の最中、彼はつねに孤独と共に在った。
彼にとって自身の幸福は必要なものでは無かったから。
戦友に背を預け戦ったこともある。けれども、その結果は裏切られた末の絞首台送り。
しかし、その結果を恨んだことはなかった。
彼にとって大切だったのは無辜の人々の幸福であり、その結果のみ。
誰かが喜ぶと『嬉しい』。
誰かを救えると『嬉しい』。
それだけだった。
誰かに必要とされる事がなくとも、彼の願いは叶っていた。
顔のない正義の代表者、それが英霊『エミヤ』と呼ばれ、走り続けた何者かの正体。
けれども、必要とし必要とされることで得られる幸せを────遠い昔、無くした筈の暖かさを。
彼はこの冬木で、思い出してしまった。
ソレは、イレギュラーが生んだ試練。
今ここに在る男は既に人。
人の幸福の在り処を知った、ただの人間だった。
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