育児戦争/家政夫と一緒。~2の23~
罠
『────I am the bone of my sword.(体は 剣で 出来ている)』
先を行くアサシンは草を踏み土をけり、夜山を行く。
後を追うアーチャーの体は満身創痍。致命傷こそ無いものの、武器を振うとなると何処まで戦えるのか────そんな状態だ。
ザッ────
地をける足が硬い木の根を踏む。
森林に生える木の密度が上がってきている。
夜の闇をかすかに照らしていた月の光も、生い茂る秋の木々の梢に隠され大地に届くことは無い。
『Steel is my body,(血潮は鉄で) and fire is my blood.(心は硝子)』
根に足を取られないために自然足運びも小さくなるがその隙を逃すアサシンではなく、密集した木々の間を縫って放たれた3つの黒いつぶてがアーチャーを狙う。
キンッ、ガキンッ! ドッ────。
頭部を狙う一撃を宝剣干将で受け流し、鳩尾を狙う一撃を莫耶で弾く。
だがそれまで。血を流しすぎたためか、巧妙にずらされた投擲のタイミングに腕が追いつかずに最後の一撃をわき腹に貰ってしまう。
ギリ────。
歯を食いしばってその一撃に耐える。
ダガーはその大きさ約25センチ。短剣というには巨大なサイズだ。
並みの人間ならわき腹ごと『持っていかれている』であろう一撃を“強化”を施した防具と鍛え抜かれた筋肉の壁でこらえ、アサシンを追う。
『I have created over a thousand blades.(幾たびの戦場を越えて不敗)』
その一撃をこらえきったアーチャーを見て『この場』でしとめるのは無理と判断したのか。
アサシンは『あの場所」へ向かう足を速める。
────ああ、早く行け。お前の死地に。
ぐらつく体を制御してアーチャーは樹木の回廊を走る。
『Unaware to Death.(ただの一度も敗走は無く)』
そして、開ける回廊。
そこは窪地。
約15メートル四方の陥没した山野だ。
地表が丸見えで、不毛の地を連想とさせるような、そんな穴倉。
その場には動くものの無い静寂以上に濃厚な死の気配が漂っている。
だが、この場所が持つ要素において、重要なのはそれではなかった。
パリッ────!
窪地に侵入する際感じた静電気のようなショック。
とたんにアーチャーの意識の中に芽生える“外には出られない”という強迫観念。
『Nor known to Life.(ただの一度も理解されない)』
一瞬遠のいた意識を強引に引っ張り戻し、窪地に着地する。
崩れていた戦闘姿勢を立て直すとアーチャーは周囲の気配を探った。
────いない。
アサシンの気配は完全に掻き消えている。
アーチャーが着地したのは窪地のほぼ中央。
『────この場所ならば何処へ逃げてもかわせない。そういうわけか』
『Have withstood pain to create many weapons.(彼の者は常に独り 剣の丘で勝利に酔う)』
ここは死地。
既に一体の英霊を葬り去った地獄の釜。
窪地の周囲の密集した木々を基点に意識に訴えかける“戒めの結界”を形成する。
その術式は恐ろしく精密に編まれたもので、十年や二十年の若造の魔術師では到底たどり着けない次元での“戒め”を形成している。
分析するアーチャーもその術式の抵抗に失敗しており、漠然と『ここから出ることは出来ないのだな』と意識している。
つまりここは『入れば出られない』、15メートルの暗殺者の檻なのだ。
『Yet,those hands will never hold anything.(故に、生涯に意味は無く。)』
ここはアサシンにとってまさに理想の狩場といえるだろう。
彼のマスターは恐ろしく切れる。ホムンクルス風情と侮ったがその老獪な手管の巧妙であること。評価を改めねばなるまい。
釜から這い上がれない獲物を前に、気配を断ち、必殺の機を窺う。
アサシンの宝具は間合い内で当たればおしまいという反則的なものだ。
ゆえにその必殺の間合いを外さないようにこの場所を使う。
痛めつけ、消耗させ、ここにおびき寄せる。
命がいくつもあればその状況は打破できるかもしれないが、そんな反則じみた英霊は、アーチャーの知る限りでは一人しかいない。
故に、並みの英霊ならばここにたどり着いた時点で────アウトだ。
ましてや今のアーチャー程に満身創痍ならば────わざわざ待つまでも無く、狩れる。
────ヒュヒュンッ!
密集する林の奥から飛来するダガー。
既に満足な受けも出来ないアーチャーは当然のように後ろへ跳ぶ。
追い詰めるかのように縦に放たれた3対のダガーはアーチャーを壁際へと追い詰めた。
ドンッ。
背が壁に着く感覚。それで、リーチだ。
────バッ!
夜の闇よりなお暗い、林の影から────闇夜に真紅の翼をはためかせ、暗殺者が宙に踊る。
宝具の名は“妄想心音(ザバーニーヤ)”。
悪性の精霊・シャイターンの腕であり、エーテル塊を用いて鏡に映した殺害対象の反響存在から本物と影響しあう二重存在を作成する。
その長い腕を駆使し、“レンジ内”にいる敵の防具の上から心臓を複製し、握りつぶす技だ。
間合い内にいる敵ならばほぼ確実に殺す、恐るべき宝具────。
だが。
『So as I pray,unlimited blade works.(その体は、きっと剣で出来ていた。)』
────炎が、走る。
宙を走るアサシンを巻き込んで世界の法則、世界の姿が書き換わっていく。
「────!?」
アーチャーを中心として『剣の丘』が形成される。
幾多の剣が突き立つ空虚な丘。
いままで存在していた草も、木々も、そして『窪地』も。
全てが“固有結界”により侵食され、彼の世界に置き換わる。
即ち────丘に。
背にした『壁』が消えたことを確認するとアーチャーは後方へと跳ぶ。
元々“範囲”ギリギリであったシャイターンの魔腕は目標を見失い、地面を抉り取る。
宝具にもルールがある。
どれだけデタラメな効果をもつアーティファクトであろうとも、世界が定めた、否、世界が許した限界を超えることは出来ないのだ。
「────ナ」
唖然と、『その世界』を見るアサシン。
空虚で、ただ鉄の匂いのみが漂う世界。
術者の心象世界を具現化する禁術、“固有結界”。
それが何故禁術とされるのか。
それは────例え瞬間的にでも、世界というもののルールを消失させ、捻じ曲げ、己という存在に従わせる、最も“魔法”に近い魔術だからこそ。
それは人の域にある魔術ではない。
ゆえにここでは。
彼の理は通用しない。
なんという反則(デタラメ)────!
家政夫と一緒編第二部その23。
罠。
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