育児戦争/家政夫と一緒。~4の49~
epilogue5:メグル
切嗣さんと一緒に教会堂へと戻った私達は儀式の終わりを待つために椅子に腰掛ける。
「ぐすっ⋯⋯」
「うう⋯⋯」
ハンカチで涙を拭う私たちを切嗣さんは優しい眼差しで見つめてる。それがちょっと恥ずかしくて、慌ててハンカチを閉じてポケットにしまう。
「も、もう大丈夫ですよっ。
ほら、桜も⋯⋯」
「うう⋯⋯私、お顔大丈夫ですか?」
「んー⋯⋯多分⋯⋯」
「ああ、大丈夫だ。僕が保障しよう」
にっこり笑って桜の頭を撫でる切嗣さん。
その仕草も、人を安心させる笑顔も父親として堂に入っていて、桜はそれだけで顔を輝かせて笑顔に戻る。
「⋯⋯切嗣さん、変わりましたよね」
「そうかい?」
「はい。すっごくお父さんしてます」
「はは、そりゃ僕も親の端くれだからね。
面白い落語のお陰か、うちには子供達がよく遊びにも来るしね」
「そ、そですね⋯⋯」
多分配るお菓子目当てなんだと思うけど口には出さないでおく。
「でも、今の切嗣さん見たらアーチャーきっと喜ぶと思うな」
「ん、何故かな?」
「昔ね、アーチャーが話してくれた事があるんです。
切嗣は私の養父だったんだって」
「────────なに?」
「不器用で、変な親父だったけど⋯⋯優しい人だったって」
「⋯⋯それは、本当の話かい?」
「はい。小さいときの事だから全部覚えてるわけじゃないですけど。
アーチャーはそういう嘘つきませんから」
「まさか、そんな事が⋯⋯?」
私の話を聞くと、切嗣さんは顎に手を当てて考え込んでしまう。
私も今ならわかる。当時話してくれたアーチャーの話がどれだけありえないものであったのかを。
でも、あの時のアーチャーの目は本当に嬉しくて、懐かしそうな目をしていたのを覚えてる。だからきっと、嘘じゃない。
「とても信じられる話じゃないが、そうか。
だから彼は⋯⋯あんなにも」
「でも、アーチャーはきっと切嗣さんじゃなくても助けてたと思いますよ」
「えへへ、そうですよ」
「⋯⋯⋯⋯?」
「だってアーチャー、自分の前にいる人みんな、笑顔に出来たらいいって⋯⋯そんな人だから」
「────────」
私たちの言葉を聞いて切嗣さんは何か⋯⋯呆気にとられたような表情になる。
まるで天から金貨が降ってきたとでも言うような、そんな顔。
「ああ⋯⋯⋯⋯」
そうして、手を組んで額に当てる。
それはまるで祈るような⋯⋯懺悔を聞く人のいないこの教会堂で、ただ形の無いものに思いを伝えるような⋯⋯そんな仕草。
切嗣さんはとても難しい顔をしていて、子供の私にはその心中を量ることは出来ないけれど。
でも、一つだけ判る事がある。
切嗣さんはきっと────救われたんだ。
命を救われたとか、誰かを守ってもらえたとか、それだけじゃなくて。
彼にしか判らない、彼らにしか判らない何かに⋯⋯救われたんだ。
「ああ⋯⋯済まなかったね」
「あ⋯⋯いいえ」「あう⋯⋯」
「彼に⋯⋯感謝を伝えなくてはいけないな」
「え?」「ふえ?」
「僕にも、彼を迎える大きな理由が出来たという事さ」
そう言って笑う切嗣さんの顔は、なんというか⋯⋯すごく晴れやかで。
私たちと同じように、アーチャーに早く会いたいと願う人の顔だった。
「じゃあアーチャー、私たちの所に来たら大変ですね」
「えへへ⋯⋯大歓迎で、もみくちゃですよ?」
「まるでアイドルだな」
うん、まるでアイドルだ。
たくさんの人に囲まれて、みんなに必要とされるアイドル。
アーチャー、アーチャーは一人じゃないよ。
私たちも、切嗣さんも、父さんもイリヤも、それからそれから、いっぱい、い~~っぱい、たくさんの人がアーチャーの事待ってるんだよ?
だから、ね。帰ってきてよ、アーチャー。
いっぱい聞いて欲しい事があるんだ。
勉強も魔術もすごく上手になったの。
料理も上手くなったし、お洗濯物だって綺麗に干せるようになったの。
小学校で起こった事件もたくさんあるし、桜もいっぱいお友達出来たんだよ?
外国でもお友達⋯⋯なのかな、アレは。まあとりあえず出来たし、お土産話もいっぱい、いっぱいあるんだよ?
だから⋯⋯早く会いたい。
会っていっぱいお話したい。
おっきくなったな、偉いな凛って、いっぱい褒めて欲しいんだ。
「姉さん、早く⋯⋯早く会いたいですね」
「うん⋯⋯。会いたいね」
桜も同じ気持ちなのだろう。
私達は手を繋いで椅子の背にもたれかかる。
春先とはいえもう時間は夜。教会堂は少し寒くって繋いだ桜の手はひんやりしている。
「そら、寒いだろう」
「あ⋯⋯ありがとうございます」
「ありがとうございます、切嗣さん」
「どういたしまして」
切嗣さんが脱いだコートを私たちの肩にかけてくれる。
コートには切嗣さんの体温が残っててあったかい。
えへへ⋯⋯優しいな。切嗣さんもてるんだろうな。
そういえば大河さん切嗣さんのこと好きなんだろうな。
でもイリヤがあの調子だと報われないんだろうな⋯⋯。
「長丁場になるだろうからね。少し眠っているといい」
「う⋯⋯でもアーチャーがくるの待ってたいです⋯⋯」
「大丈夫、その時が来たらちゃんと起こしてあげるから」
「ほんとですか⋯⋯?」
「ああ、本当だ。この日を待ち望み、
彼の為に誰よりも頑張っていたのは君達だからね」
うん⋯⋯頑張った。それだけは胸を張って言える。
あの日、聖杯が壊れたときアーチャーが苦しい思いをしたのは私たちの回路が未熟で、聖杯の補助が無ければアーチャーの現界を支えられなかったためだ。
だから、一生懸命“鍛えた”。
そうして今、私たちの魔術回路の錬度と回転数は、父さんの話だと成人した魔術師と同じくらいのレベルに達しているらしい。
それは────その時が来た事を意味する。
二人でアーチャーのマスターに戻る────その時を。
「うん⋯⋯お願いします⋯⋯切嗣さん。
ほんとは⋯⋯今日あまり寝てないの⋯⋯」
「むにゃ⋯⋯」
「ああ、おやすみ。良い夢を」
そうして私達は⋯⋯眠りについた。
家政夫と一緒編第四部その49。epilogue5。
月日は巡る、想いも巡る。あの日始まったその夢は、ここでは無い何処かで受け継がれ灰色の元に戻ってきた。
男はその僥倖を神に感謝する。
奇跡は────全身全霊を賭け、守った笑顔の果てにあったのだ。
そうして、多くの想いの果てに人々は待つ。
命を賭け戦い続け、その羽を休めた男の帰還を────。
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