育児戦争/家政夫と一緒。~3の49~
代償
タンッ、ヒュオンッ、キンッ、タタンッ!
木の葉を散らしながら死の舞を踊る赤と灰色。
一進一退、互いの領域を一歩も譲らない二人は傷ついた体をおして刃を振るい続ける。
これは信念の戦い。たとえどれだけ傷ついていても己の信じるものを守るために退くわけにはいかない。
「強情だな、弓兵。いい加減膝を付いたらどうだ、楽になれるぞ」
「はっ、その言葉そっくりお返ししよう。
地に足をつけて振り返って見ろ。やるべき事を取り戻せるかもしれん」
「抜かせ⋯⋯!」
軽口を叩きながらも、極限の緊張状態の中互いの疲労は限界に近く、決着はそう遠く無いだろう。
キンッ、タタンッ、ヒュオッ、タンッ!!
「────────」
「────────」
ぶつかり合う闘気は両者の精神力を削り、緊張の糸は今にも千切れそう。
二十手先まで見えていた防御パターンは数を減らし、残る確定防御回数は五回。
それ以降は────運の戦いになる。
ダンッ!
撃発する右の銃口をコンマ1秒早く干将のグリップで逸らし、
ヒュンッ!
返す刀で切嗣の喉元に突きを打ち込む。
だが、突き出した剣は肩を浅く裂いただけでかわされ、
タンッ!
もう一方の銃口がアーチャーに迫る。
銃弾が放たれる寸前、切嗣の懐に半歩踏み込むことでその一撃をかわし、踏み込んだ勢いのまま右の肘打ちを打ち込む。
だが、銃撃と同時に身を引いていた切嗣の回避により、肘打ちはかするだけに止まり、
キインッ!
同時に、頭に向けられた右の銃口を干将で防ぐ。
めまぐるしい攻防。読み合いに関しては全く拮抗する二人が繰り出す────最後の一手。
「おおおおっ!!!」
干将で頭を守ったまま体当たりを仕掛けるアーチャー。
だが、鏡を合わせたように肩から体当たりに来る切嗣。
どうやら────出した答えは同じだったらしい。
「────!」
密着し、撃発する互いの剄力。
ドガッ!!
吹き飛んだのは切嗣の体。
当然の結果だ、2メートルに近い身長を持つアーチャーの体から放たれる圧力は、痩せ型の切嗣とは比較にならないほど強いもの。
だが……その一撃を食らいながらも哂う切嗣。
彼にとって体当たりの成否は関係なかったのだろう。
切嗣の武器は銃器、距離を離せば当然の如く────銃撃が来る。
タタタタタンッ!!!
吹き飛ばされながらも嵐のような銃撃を繰り出す切嗣。
不安定な姿勢から繰り出された銃撃だというのに、放たれた五発の銃弾はアーチャーの体に直進する。
「────が」
干将により守っていた頭部には命中しなかったが、肩、二の腕、腹の三箇所を銃弾によって抉られ、アーチャーは悶絶する。
「ぐ⋯⋯!!!」
それでも、歯を食いしばり踏ん張る。
対する切嗣はアーチャーの体当たりにより後方に吹き飛ばされ、倒れないながらも隙が出来ている。
銃撃を食らうことなど想定済みだ。
肉を切らせて骨を絶つ、今こそ決め時である。
「────おおおっ!」
地を踏みしめ土を蹴る。
強力な勁力により推進を得たアーチャーは、干将を大きく振りかぶり恐るべき勢いで切嗣に迫る。
対する切嗣は腰を沈め回避運動に入るが、もう遅い。
唸る干将、放たれる必殺の一撃。
だが────干将が切嗣に走る寸前。
視界の隅に映る宝石鳥の姿、守るべき人の気配。
「────!」
千分の一秒の世界で生きる故にか、その僅かな緩みを魔術師殺しは見逃さない。
自らバランスを崩し、後ろへ倒れこむことによってアーチャーの斬撃から回避を試みる。
ザシュッ────!!
「────────!」
「────っあ!」
倒れた切嗣を飛び越し着地するアーチャー。
手応えはあった、だが今の感触だと深くは無い。
仰向けに倒れこんだ切嗣はその姿勢のまま右手のジェリコを発砲してくる。
「────っ」
だが、ろくな狙いを付けずに放たれた銃弾がサーヴァントを捉えられるわけもない。
アーチャーは素早く移動し切嗣の攻撃圏から逃れる。
左腕をだらりと下げたまま立ち上がる切嗣、先程の斬撃は彼の左腕を使えなく出来たようだ。
「────凛、桜⋯⋯?」
木の陰まで退避したアーチャーは掴んだ気配を慎重に手繰り寄せる。
感じる気配は三つ、二人は恐らく時臣に連れられているのだろう。
思わず安堵の溜息を漏らす。
「形勢逆転だな、切嗣」
「⋯⋯ふ⋯⋯くくく⋯⋯。
役立たずが一人増えたところで僕を止められると思うのか、アーチャー」
「⋯⋯何?」
「“魔術行使”も途絶えている。彼はもう戦えないだろう。
この戦いは僕か君か、どちらかが命を落とすまで終わりはしないんだ⋯⋯!」
そう言うと左腕を押さえて集中に入る切嗣。
一瞬の後、傷ついて動かなくなっていた筈の彼の左腕は、血を流しながらもジェリコを構えていた。
「⋯⋯なんだと?」
その様に目を見開く。どんな魔術を使っているのかは判らないが、いくらなんでも回復が早すぎる。
回復は筋繊維、神経節結合、破損面修復の三つの工程を経て行われるものだ。
銃を握り締めるということは神経、筋肉系の回復を優先したのだろうが、それだけでは傷の“痛み”から逃れることはできない筈だ。
冬木大橋の戦いでは痛みの為に銃を構えられなかっただろう切嗣。
この短期間の間に何があったのか⋯⋯?
「さあ、戦闘続行だ⋯⋯────pondus」
ジェリコを構え、詠唱に入ろうとする切嗣を見て慌てて腰を落とすアーチャーだったが、異変はその時起こった。
「alle⋯⋯あ⋯⋯が⋯⋯ぐ⋯⋯あ⋯⋯!!」
突然胸を押さえ、苦しみ始める切嗣。
手に持ったジェリコを地面に落とし、地面に膝を付く。
「⋯⋯切⋯⋯嗣?」
「ああ⋯⋯か⋯⋯があ⋯⋯ああああぎ⋯⋯ぎぎぎ!」
林に響き渡る苦悶の声。
胸と脇腹を押さえ、苦痛に喘ぐ様は尋常のものではない。
「切嗣⋯⋯どうしたっ!」
「はっ⋯⋯あっ⋯⋯が⋯⋯あああぐ⋯⋯」
木の陰から飛び出し駆け寄ろうとするアーチャーを見ると、切嗣は地面に落としたジェリコを拾い、狙いもつけずに発砲する。
「────!」
「⋯⋯よ⋯⋯るな⋯⋯⋯⋯あ⋯⋯が⋯⋯ぐ。
があああああ⋯⋯!」
危うい足取りで立ち上がると恐ろしい形相でアーチャーを睨みつけ息も絶え絶えに口を開く。
「⋯⋯け⋯⋯っちゃ⋯⋯くは⋯⋯必ず⋯⋯つける⋯⋯。
────pondus alleviation(外圧 抑制)、elementum tempero(因子 制御)」
「きりつ⋯⋯!」
────ヴン。
陽炎を残し消え去る切嗣。
唐突に終わった戦いに唖然としながらも、アーチャーは近づいてくる気配に耳を澄ます。
「⋯⋯あーちゃー⋯⋯!」
「⋯⋯あーちゃーさぁん⋯⋯!」
林から聞こえる幼い声。
その声に安心して気が抜けてしまい、がくりと膝を突くアーチャー。
アサシン、セイバーと続き、切嗣との戦い。肉体、精神共に疲労はピークに達していた。
「なんとか⋯⋯守れたか」
周囲の散々な風景を見渡し大きな溜息をつく。
ギリギリの綱渡りだった。
ここでこうしていられるのはまさに奇跡としか⋯⋯否。
アーチャーは頭を振る。
多くの願いが手繰り寄せた……綱渡りの現実だ。
「────終わらせなければ」
燃える遠坂邸を見上げながら決意を新たにする。
もう後には引けない。一刻も早く決着をつけなければならない。
近づいてくる最後の戦いの予感。
アーチャーは腰を上げ、主人の下へと歩き出した。
家政夫と一緒編第三部その49。
綱渡りの前哨戦は終了した。
攻め手も守り手も傷は深く、それは決して浅くない。
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