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「何者かになったけど、やめません!」と言える日まで (1日目)


「何者かになりたい」。
 その気持ちは今でも私の中にある。
 でも、何者かになるための努力をしてきたと言えるだろうか?


 ガクテンソクさんのことはほんのり好きでした。
 お笑い好きというわけではないものですから、2020年のM-1敗者復活戦で初めて存在を知りました。ものすごく好みの漫才をされていて、この人たちに売れてほしいと思った。近いうちに単独ライブが行われることを知って浮き足だつも既に完売。縁がなかったんだなといじけて、気付けば三年半ほど経っていました。

 学天即がガクテンソクになったこともうっすら知っていたけど、ガクテンソクが「あの二人」だと理解するまでに軽く一秒はかかった。「その二人」がザ・セカンドに出るのだと知り、土曜日の夜が急に決戦のときとなりました。

 ガクテンソクのストーリーは、"一度は解散危機を迎えた二人"というもの。
「まだ何者にもなっていないのに解散も何もあるか」という奥田さんの言葉。
 それなら、ザ・セカンドで優勝して、チャンピオンとなったらどうするんですか? というのは少し意地悪な質問だったと思う。奥田さんはちょっと動揺したように見えた。
「そのとき考えます」

 見事優勝。3本とも私の好きだと思った学天即もといガクテンソクだった。胸が熱くなった。
 特に好きだった2本目は金属バットに勝つための勝負の一手だったことを知りますます嬉しかった。好きなネタが彼らの勝負手だったということは、彼らの手のひらの上で踊らされているということ。それだって嬉しい。


 優勝したガクテンソクの奥田さんはこう言った。
「何者かにはなったけど、漫才やめません!」
 よかった。奥田さんがこの言葉を言う日を迎えられて本当によかった。

 何者かにならなくたって、漫才は続けていい。それは彼らの自由だ。大衆に知られることなく、ひっそりと活動を続ける漫才師はきっとたくさん存在している。そしてもちろん、やめることだって自由だ。

 でも、あの日の奥田さんのあり方が一番かっこいい。
 進退を決める自由は誰にでもある。でも、称号を手に入れた人、これからの未来が約束されている(可能性が高い)人がそれに言及するとき、発言には重さが生まれる。称号を手にいれる前と比べて、世界に与える影響が大きくなっているから。

 やめたっていい、続けたっていい。これまでと同じように、ガクテンソクには未来を選ぶ自由がある。ただ、いずれにしてもこれまでより注目度は高い。
 優勝者としてスポットライトを浴びる中、奥田さんは「やめません!」と叫んだ。
 ザ・セカンド二代目チャンピオンとして漫才を続けること。彼らの言動が今までより重みを増す中で続けると宣言したこと。覚悟なしではできないことのはず。

 そして、何より、誰もがあの発言をできるわけではない。何者かになった人にしか言えないセリフ。

 頂点に立ったからこそ許される、覚悟ある言葉。本当にかっこよかった。


 かっこよさをより際立たせるのは、二人があのM-1ラストイヤーからこの日まで努力し続けていたこと。ガクテンソクの優勝に触れる芸人さんたちはこぞって「苦労してきた」「努力が報われてよかった」と語った。チケットを取れずにいじけた私が二人のことをすっかり忘れていた三年半の間、ガクテンソクは刃を研ぎ続けていたのだった。

 解散の危機を乗り越えた、と言葉にすれば簡単だけど、その日解散を持ちかけたよじょうさんの覚悟は相当なものだっただろうし、同じことを言おうと思っていた奥田さんだって悲愴なまでの思いを抱えていたに違いない。
 両者ともに一度は解散を考えたこの二人が2024年5月18日の夜を迎えるまで、どんな努力があったのだろう。

 追いかけたかったな、と思うのは傲慢だ。一度チケットを取れなかったくらいで諦めてしまった私に後悔する資格はない。
 でも、二人の努力の結果を見守ることは許されるはず。

 18日の夜、私は22日のよしもと∞ホールで行われるライブのチケットを取った。オズワルドの次に出てきた二人のことを、やっぱり大好きだなと思った。おめでとうの拍手をできたのも嬉しかったし、たくさん笑えたのも幸せだった。

 畠中さん曰く「副チャンピオン」のザ・パンチもすごくよかった。ネタは当たり前に面白く、愛嬌のあるフリートークはさらに好きだった。二人の可愛らしさは天性のものかもしれないけど、努力し続けてきたからこその器の大きさも併せ持っていてすごくよかった。


 舞台に立つ人たちのことをすごいな、好きだなと思えば思うほど、自分のことも考えた。

 私も、何者かになりたい。物心がついてからずっとそう思ってきた。
「お医者さんになりたい」、その夢は叶えられた。私なりに努力もしたけど、運によるところの方がずっと大きい。心からありがたいこと。

 ただ、私が望んでいたのは本当はそれだけではなかった。「何者かになりたい」の「何者」が何なのかを、私はずっと心の中に隠し込んでいた。本当はずっとそこにあったのに、忘れたふりをしていた。
 夢を一つ叶えられたからよしとしなければいけないような気がしていたし、私には才能がないから努力をしたって無駄だとも思っていた。

 でも、やっぱり、頑張ってみたい。
 気付けばアラフォーになっちゃったけど、私も「何者かになったけど、やめません!」と言える日まで、頑張ってみたい。
 今日をその1日目にしようと思う。


 そして、ずいぶん遅くなっちゃったけど、今からガクテンソクのファンになりたいと思います。
 またしても単独ライブのチケットは取れなかったんだけどねー!笑

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