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吃音姫
ここは日本海のとある場所。実は人魚たちが住む人魚の国なのです。人魚たちにはたくさんの掟がある。人魚の姿を人間に見つかってはならない、だとか、十五歳になるまでは海を出てはいけない、だとか。ちなみにこれらを守らないと、海の泡になる。
今日で十五歳になるわたし、ルリはようやく海から出ることができるのである。海上には、何があるんだろう。そう思った矢先、いざ水面から出てくると、そこには狭―い洞窟と、一人の人間がいた。その人間は見るからにぐったりしていて、もう少しで完全に沈み切ってしまいそうだった。
「た、助けてあげないと……」
わたしは一人の人間を抱えて、遠くの浜辺まで泳いだ。泳ぎ終えて、助けた人間の顔をまじまじと見ると、今まで見た中で一番綺麗な顔で、すぐに一目惚れした。体の凹凸からみて、その人間はオスだとわかった。
そんな時。
「ゆーきくーうーん!」
と、人間の声がしたのでわたしはすかさず海に潜って逃げた。わたしは、もうすこし助けた人間のそばに居たかった。けれど、人魚の掟を破ると海の泡となってしまうのでやめた。
「ゆーきくーうーん、って言うのね、あの人……」
唯一名前を知ることができたのがよかった。
*
ある日のこと。僕は大学のサークルの仲間たちと一緒に夜の地元の海でダイビングをしていた。海があんまりにもきれいだったのでついついサンゴ礁とか魚たちに見とれてしまうと、仲間たちとはぐれてしまった。いくら探してもなかなか仲間はみつからない。あるとき大きな波が流れ、押し寄せられた。なんとかもがいて地上だと思って浮き上がってみると、そこは狭い洞窟で、僕は絶望した。暫く経って、眠気が襲った。たくさん泳いできて疲れてしまった僕はこのままだと死んでしまうかもしれないのに、いや、もうこうなったら死んでもいいや、と思い、眠ってしまった。
僕の死に際には走馬灯の記憶はなく、聞こえてきたのは今まで聞いてきた曲の中でいちばん綺麗で素敵な歌だった。
うっすら目を開けると、おおきくまんまるできれいな満月が見えた。そして誰かが泳ぎながら僕を引っ張ってくれていた。それを見た僕はなぜかほっとしてまた目を瞑るのであった。
僕に翌朝がやってきた。何者かに揺さぶられて、目を開けると、そこは浜辺だった。僕はどういうわけだか助かったのであった。
「結城くん!」
僕を揺さぶっていたのは彼女である松浦雪穂であった。
「助かったのね! 良かった!」
そして彼女はぎゅっと僕を抱きしめた。
「いきなりはぐれちゃって、心配したんだからね!」
「ごめんごめん」
「結城君はわたしより体力ないんだから、こういうの参加しちゃ駄目なんだよ! だからわたし反対したのに! これからは絶対に禁止だよ! わかったね!」
「わかったわかったよ」
彼女が僕を助けてくれたのだ、と思った。と同時にこれからは僕が彼女を守らなければならない、と思った。
*
わたしは、どうしても〝ゆーきくーうーん〟に会いたかった。どうしても、人間になってあの人に会いたかった。
わたしの足は自然と海に住んでいる魔女の館へと進んでいった。
「お、お邪魔します」
「なんだね。何の用だい。まず、名乗ってもらおうか」
「わたし、ルリって言うんですけど」
「ルリ? あの人魚の国の王様のお嬢ちゃんかい? ……何でも頼んでごらん。なーんでもど~うぞ~。」
「は、はい。(この魔女ったら人魚姫と分かった瞬間手のひら返したように優しくなったな)えーと、わたしを、人間にしていただきたいのですけれども」
「に、人間? まさか、あんた、人間に恋をしたんじゃないでしょうね」
「何でわかるんですか!」
「昔いたんだよ、あんたみたいなパッパラパーが。失恋して海の泡になったけれどね」
「ほんと……ですか」
「それだけのリスクがあるってこと承知してもらわないと困るね。でも、条件さえ呑んでくれれば人間にしてやらなくもないけどね」
「どんな条件ですか?」
「まず、その美しい声をわたしに貸してもらうよ」
「いやです」
「ケッ、何でだ! 魔女の交換条件だぞ!」
「声を失くしちゃったら、あの人に好きだって言えないじゃない。お願い。ほら、この首に掛けてある虹色の真珠あげるから」
「……よし、声は我慢するとしよう。」
「やったあ!」
「ただし、タイムリミットを設定しよう。三日間だ。あと、人間になったとはいえ人魚界での掟は守ること。自分の正体は明かしてはならない」
「わかりました!」
「よし。交渉成立だ。まずはその首に掛けてある虹色の真珠をよこせ」
「はいどうぞ。ほら、はやく人間にして」
「わかりました。お嬢様。」
ЬЁБГДШЖЙКЛФЮЭЫ!
と魔女は意味が分からない言葉を叫んだ。
すると、わたしの足はこれほどない痛みに襲われ、やがて光り輝きだした。痛みがなくなると、わたしの足は2本になり、魔女のように二足歩行できるようになった。
「あとは自分で海の向こうに行くんだな。わたしはもう何もせん。」
どうせならテレポーテーションの魔法をかけてくれてもいいのに、と魔女にケチをつけながら、それでも人間にしていただいてありがたいと思い、わたしは〝ゆーきくーうーん〟に会いに向かった。
*
なんだか妙に視線を感じる。しかも、大学の掃除のおばちゃんに。
「結城くんってさ、大学のおばちゃんにじっとり見つめられてない?」
「あ、雪穂もそう思うんだ」
「あの人ってばおばちゃんたちの中では若くて綺麗な人だよね」
「そう?髪の毛であんまり見えないけど」
「あのさ、今度ゼミのみんなでカラオケ行くんだけどどうしよう……私音痴なのに」
「えっ、雪穂って歌うまくなかったっけ?」
「えっ、そんなことない、わたし音痴だよ。言ってなかったっけ?」
「じゃあ、僕が溺れていた時、助けてくれたのは雪穂じゃないの?」
「えっ、助けたっていうか、見つけただけだよ」
「雪穂が泳いで助けた訳じゃないの?」
「泳いでなんかいないよ」
「鼻歌歌いながらさ、僕を担いで泳いできたんじゃないの?」
「わたし、めったに歌わないよ」
僕はどうやら勘違いをしてしまったようだ。あの夜、僕を助けてくれたのは誰なのだろう。まさか、人魚だとか。いやいや、あれは伝説の話だし。でも。
*
「あんた、何やってんのよ!」
「…………」
「このビンは、燃えないゴミでしょ? わかる?」
「もえない、ごみ」
「だから、これはここに入れるの。オーケイ?」
「????」
「返事は? はい! って言うんでしょ、言いなさい、はい!」
「……はい!」
「中国人か韓国人か、どっちなんだろうね。言葉の壁は大きいけれど、とりあえず頑張りなさいね」
「……はい!」
とりあえず、わたしは困った時に言えばいいものとして、〝はい〟という言葉だけ覚えた。
わたしは、とりあえず〝ゆーきくうーん〟の後をつけてこの〝大学〟という建物の中に入り込んだ。すると全裸のわたしに年配の方がびっくりして、人間と同じような布を着せてくれた。そして今なぜか掃除をさせられている。とりあえずは、人間として過ごすというスタートはなんとかできたみたいだ。
しかし、わたしは人間の話す言葉が全然喋れないし、ほとんど理解できないままだった。これじゃあ、せっかく声を残してしまったままなのに、意味がない。どうしよう。
あっ、〝ゆーきくうーん〟だ。
あっ、目があった。
でも怪訝そうな顔をしている。きっと、わたし変な人だと思われているんだわ。ああ、どうしよう。
「おい、そこのアンタ! 何休んでいるの!」
お、怒られた。くよくよしている暇はない。とりあえずこの袋に入っているやつを何かしら3つに分ける作業をしなければならない。頑張らなくては。でも、何やっているんだろう、わたし。あと2日で人魚に戻ってしまう。どうにかしてこの状況を打破しないと。
*
「春日井教授、ちょっと話があるんですけど」
「なんだい、結城くん」
「教授はここら地域の伝説に詳しいってお聞きしたんですが」
「まあ、詳しいほうだと思うが、それがどうしたんだね」
「この近くに海があるじゃないですか」
「うんうん」
「あの、人魚っているんですかね」
「は」
「あははは、えーと人魚とはいわず、洞窟に生息した、頭のいいイルカとかいませんかね」
「人魚ねぇ。ないことはないけど、なんでいきなり?」
「実は、僕、夜にあの海でダイビングして。あそこに狭い洞窟があるんですよね。そこに入っちゃってもう無理だって思ったんですけど誰かに助けてもらって。それは確かに人間らしい気がするんですけど、その人は歌がうまくて、それで……」
「それは、たぶん人魚の仕業だろうな」
「えっ、やっぱり、そうですよね?」
「昔むかし、ここの藩の主にとある妾がいたらしいが、初夜のとき、女中が間違ってその妾に海水をかけたら妾の足が尾ひれになってしまい、人間たちの目に曝された瞬間、その妾は泡になったという内容の言い伝えがこの地域にあってだな」
「へ、へぇ。そんなことがあったんですか」
「あくまで伝説にすぎないが。いいなあ、私も人魚に会ってみたいな」
僕は確信した。僕のことを助けてくれたのは人魚だと。借りはちゃんと返さなくては、と思った。
*
外で見る分には暇そうに見えたけれども、掃除屋さんは大変忙しい。大学にいる人ったらなんでこんなにたくさん飲み物を買うのだろうか。カン・ビン・ペットボトルの分別が大変。他の人たちがおそらく住処に帰っていく中、帰る場所が無いわたしは黙々と作業を続けていると、気が付かない間に眠ってしまって、朝が来てしまった。
掃除屋のメンバーが集まり、また作業が始まった。
すると、わたしに布をくれた年配の女の人ともう一人の似たような女の人が話しかけてきた。
「あんた、ほんとにどこから来たの?」
「……はい!」
「いや、はいじゃないよ。えーと、ヂョングォ? ハング? アメーリカ?」
「……はい!」
「いや、そうじゃなくって。えー? こんなに有名な国ですら分かんないようじゃ、どうしたものか」
「そういや、むかしここら辺では人魚の伝説があったらしいね。もしかしたらお嬢ちゃん、人魚だとか?」
「……ニ、ニンギョ……」
お父さんから習ったことがある。この人魚の国に一番近い地上では人魚のことをニンギョって呼ぶんだと。もしかしたら……バレた?
「あら、お嬢ちゃん人魚だけは分かるのね」
「もしかしたら、ほんとのほんとに人魚かも」
「あ、それじゃあ素っ裸だったのも合点がいくわ」
「あっ、どこへ行くの? お嬢ちゃん!」
わたしはもうここには居られないと思い、作業場を飛び出した。ひたすら一直線に走りだし、建物の角を曲がる。すると、何者かにぶつかった。私はすってんころりんと倒れ、落ち着いてから見上げてみた。そこにはあの人がいた。
*
夜に海へ出かけたものの、ヒトデやワカメは見つけたが、人魚はなかなか見つけられなかった。やっぱり人魚はいないのだろうか。っていうか僕を助けてくれた人っていったい誰なのだろう。イルカとかクジラじゃないはずだ。でも、もしかしたらイルカだって鼻歌くらい歌うのかもしれない。
いろいろ考えていると、門で誰かとぶつかった。
「いっ、いてぇ」
思わず声に出してしまった。こ、こいつ、石頭だ。
ぶつかった相手を見てみると、掃除のおばちゃんだった。
「ご、ごめんなさい」
「……はい!」
「あの、大丈夫ですか」
「はい!」
この声には聞き覚えがあった。だけどそれが何かはちょっとまだ分からなかった。相手は大丈夫そうなのでほっといておこうと思った。その矢先
「あああううあううううあ!」
「えっ」
「ああああああああいいいいいいあああうううううおおおおおおおおおああああ」
「えっ」
「あああああああおおおおおおおおいいいいいいいいいあああああうううううううええええええ」
掃除のおばちゃんと思ったら、よく見てみると美人のお姉さんだった。不気味な声を出しているが、どうやら僕に用があるようだ。だけど、意味がわからない。自分でいうのもアレだが、よく僕は告白されて、色んなシチュエーションの告白を受けてきた。だから、こんなことは慣れているつもりだったけど、なんというか、やっぱり困る。
どもりが激しかったあの彼女はどこかへ行ってしまった。気が付いたら、周りは騒然としていた。近くには雪穂もいた。
「だ、だいじょうぶだった?」
「うん、なんとか」
「あの人って掃除のおばちゃんだよね。しかも、この前言ってた結城君をじっと見つめてた人」
「あー確かにそうだよね」
「でもわたしどっかであの人見たことあるんだよねー」
「えっ、大学で、じゃないの?」
「うーん、どこでだろう。やっぱりわかんないや。忘れた!」
「ふーん、ま、人間忘れることってよくあるよね」
心に何かもやもやしたものがつきまとってくるが、気にしないことにした。あっ、もうこんな時間。授業に行かないと。
*
どうしよう。伝わらない。声は出るのに。言葉がしゃべれないとどうしようもできない。わたしが知っている地上語ってニンギョぐらいしか思いつかない。そんなこと口走ったら人魚だってバレちゃうかもしれない。それは避けたい。どうしよう。
ふとあの人の顔を見てみたら、心底困っているような顔をしていた。わたしは、もう嫌われたと思い、その場から逃げた。
ごめんなさい。ごめんなさい。
困りに困ったわたしはとりあえず海に戻ってまたあの魔女に魔法をかけてもらうことにした。
「は? 意中の相手に嫌われたー?」
「ええ、だから、嫌われないようにする魔法をかけてくれませんか?!」
「そんなの無理だよ。相手自身を変えることはできない。ただし、自分自身は変えることができる。地上語を操り易くする魔法なら、かけることはできなくもない」
「えっ、じゃあお願いします!」
「ただし、条件を追加しなければならない。」
「えっ」
「意中の相手からキスされたりしなければ、海の泡とは言えないまでも、あんたを惨めな姿に変えることにしよう」
「惨めな姿ってなんなの?」
「ナマコだな」
「えーっ、わたし、ナマコになるの?」
「ナマコは今深刻なメス不足で、王子が結婚相手に困っておるのだ。この取り引きが成功しなかったなら、ナマコの国の王子と結婚し、一生ナマコとして生きるのだ」
「いやだなあ」
「これでも易しくしてやったんだ。昔は声までも奪っていたんだぞ。ま、あいつらとは違って人魚の美声が必要なほど欲に飢えてないからな。感謝しろ。この条件を呑まなきゃ魔法はかけん。どんな財宝を貰っても、だ。」
「……わっかりました」
「あと1日半だな」
「はい……」
「がんばってな。幸せになるのが一番だからな。」
*
今日は補講があって6限まであった。非常に疲れた。人魚探しを続けるべきか否か。やめよう、と思っていたけれど、どうせ帰り道に海を通るのでついつい探してしまうのであった。すると、ついにあの歌声が聞こえてきた。僕は思い切って話しかけることにした。すると、そこには今朝会った掃除のお姉さんがいた。
「今朝は……どうも」
「!」
相手はえらくびっくりしているようだった。
「歌、お上手ですね」
「聞いていたんですか、お恥ずかしい」
あれ、なんだ、まともに喋ることができるみたいだ。しかも、少したどたどしいところがあるけれど、日本語はほぼ正確だ。
「歌は好きなんですか」
「昔から歌ってます。父が地上の、いや、うーんと、外国の歌がとても好きなもんで、小さい頃から一緒に歌ってきたんです」
「外国の方ですか」
「ええ、そうです、海の向こうから来ました。」
「へえ、それじゃあ韓国からやってきたんですか」
「え、向こうが韓国なんですか。……え、いえなんでもないです。」
「な、なんだそりゃ。あははは」
僕が笑うと、掃除のお姉さんはなんだかホッとしていた様子だった。
「今朝のことは、本当にすいませんでした。」
「いえいえ。あのときはきっと、母国語で話されていたんですよね。なんて言ってたんですか」
「え……それは、言うほどのことじゃないですよ」
「えっ、あっ、そうですか。わかりました。」
「…………です……」
「えっ?」
「わたしは以前あなたを洞窟から助け出した者なんです!」
「そ、そうなのですか」
「わたしはその日から、あなたに会いたかった!」
「そ、そうですか」
「って、言っていたんです」
と、いうことは、この人が僕の探していた人魚だったのか。
*
「僕を助けてくれて、ありがとうございました。その、僕を助けてくれたってことは、あなたは、人魚なんですか?」
! ば、バレた?! いいや、落ち着け、自分。あの時は地上語を操れなくて混乱したけれど、今回は大丈夫。否定しろ。否定すればなんとかなるさ。
「い、いいえ、違います」
「あんなところに普通助けてくれますか?」
「いいえ、違います。わたしはただの人間です。たまたま、通りすがったんです」
「……そうなんですか」
若干腑に落ちなさそうな顔をしているが、わたしを人間だと認めてくれたようだった。
「あっ、そういえば、名前はなんて言うんですか」
「る、ルリです。」
「ああ、なるほど、ルリさんですね。僕は、結城秋生っていいます」
「ゆーき、あきお」
へ、へぇ。〝ユーキクウーン〟って名前じゃないんだ。知れて良かった。
「あ、やべ、寮の門限まであと5分だ。じゃあ、僕はお先に失礼します」
「あ、あの、明日もまたここで会ってくれませんか」
「明日ですか。この時間だったら、大丈夫ですよ」
「じゃあ、また明日」
「おやすみなさい」
「おやすみなさい」
*
午後7時。チューハイ2つとスナック菓子をみやげに、僕は約束通り浜辺に行こうとした。
すると、突然、携帯電話が鳴った。
相手は雪穂だった。
「もしもし、雪穂?」
「結城くん、あのね、今誰かに後をつけられてるんだけどね、」
「うん」
「なんかどんどん相手が速くなってるんだよね……ッ、きゃあああああああああああああああああああああああああ!」
「どうした雪穂、どこにいるんだ」
「じょ、女子寮の……ちかっ……く」
「待ってろよ、今いくからな」
僕は部屋の鍵もかけずに、すぐさま大学の女子寮へと向かった。
*
今はもう多分午後10時くらいだ。
いつまでたっても、あの人は来なかった。
わたしは、わたしが3日で結城さんと結ばれるなんて、無理だと悟った。
いつもとなりに座っていたあの子がやっぱり結城さんのいちばんなんだろうな、と思うとだらだらと涙が出てきた。
午前0時になったのだろうか、気が付くと私はすっかり小さくなって、きっとナマコになってしまった。振り向くと、あの魔女がいた。
「うーん、残念だったね。ちょっとお前さんは不器用すぎるよ。せいぜいナマコのお姫様がお似合いだ。ふがいない結末だっただろうけどな、くじけずに生きていくんだよ。」
「……魔法、ありがとうございました。」
「いいってことよ。それじゃあ、な。」
魔女はどこかへ消えた。私はずっと浜辺で波に打たれながらも、なんとなく踏ん切りがつかなくって、結城という人を待ち続けた。
*
僕が駆けつけたとき、雪穂は黒ずくめのでかい男にナイフで刺されそうになっていた。僕は警察を呼びながら走ってきたので、間一髪のところで警察がやってきて男は取り押さえられた。雪穂は僕を見つけると安心したようで良かった。
そして、寮に戻って、いつもどおりに翌朝を迎えた。寮のおばちゃんがフライパンを叩きながら僕らを起こす。
「今日のあさごはんは~高級食材やで~」
その声に、1秒で目が覚めた。しかし、起きてみるとがっかり、高級食材とはなんとナマコだった。おばちゃんが早起きして浜辺とか浅瀬から拾ってきたらしい。
ナマコは、誰にも手をつけられることがなかった。かわいそうなので、出発時間ぎりぎりのところで僕が全部平らげた。
案外、飲み込んでしまえばなんともなかった。
胃の中から歌が聞こえてきたような気がした。だけどまあ、気にしないことにした。