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リビドークラッシュガールズ

 霜居つばきはただ、あの男の子がくれた魔法が大好きなだけだった。
三角のボタンを押すと、たちまち視界全面に広がるあの魔法は中学校の卒業式に貰ったのだった。

 つばきはがり勉だった。中村令和という男子がいて、その人はこの地域で一番頭がいい。彼はこの地域で一番偏差値の高い高校へ進学するだろうと踏んで、つばきもその高校を受験しようと睡眠時間も惜しんで毎日勉強していた。
 しかし、中村令和は東京の私立高校に通うと聞いたのは卒業式前日だったので、成す術なかった。職員室を掃除している時に、たまたま中村令和が居合わせて、話を盗み聞きして発覚した。受験はもう終わっているし、どう足掻いても東京には行けない。
 つばきは泣き腫らした目で卒業式に臨んだ。式をぼんやりと眺め、隣の女の子がさめざめと泣いていて、遅すぎる涙に舌打ちしそうなのを堪えているうちホームルームが終わった。

 つばきは中村令和が小学校の頃から好きだった。つばきがいじめられて誰にも話しかけられなかった時、次の野外授業はどこで集合なのかをわからないまま授業が始まり、空白の一時間になったことがある。
その時、同じクラスだった中村令和は自ら授業をボイコットし、たまたま彼が田んぼの中の稲を摘んでいたのを見ていたら、つばきと一緒に小学校の近くの森を探検してくれた。その時から彼のことが特別だった。

あれ以来一緒のクラスになることも同じクラブに入ることもなかったが、中村令和がこの学校にいるだけでうれしかった。やがてつばきがいじめられることもなくなり、中学校を卒業したわけなのだが、どうしても中村令和から離れがたい。
つばきはこの際第二ボタンを貰おうではないかと意気込んだ。そして二つ先の教室に向かった。中村令和はすでに帰っていた。確かに、この中学校に居心地を感じるようなタイプではない。むしろ、こんな田舎の学校に中学までいたのが不思議なくらいだ。恐らく、窮屈な生活だったのではないだろうか。

つばきは川に沿って、昔通っていた小学校の裏を通る。雨の匂いがつんとする。携帯を開くと東北地方では大きな地震が起こっていて、津波に気をつけてください、としきりにアナウンスしているが、九州に居るつばきには関係のないことだった。地震があろうとなかろうと、今つばきはぽかーん、と落ち込んでいた。

するとあの森の向こうから中村令和が歩いてくるのが見えた。神様に見捨てられなかった、と喜ぶつばきは、たまらず話しかけた。

「わたし、霜居だけど」
「うん、知ってる」
「ボタン欲しいんだけど」
「え? ボタン」
「うん、あ。ない……」

 中村令和の学ランのボタンは全滅だった。

「ごめん、カラカラ音がうるさくて、ずっと前に取った」
「そうなんだ」
「あのさ、霜居さんってアニメ好き?」
「あんまり見ないかなあ」
「今、アニメが面白いんだ。観ようよ」
「うーん。好きじゃないなあ」
「アニソンだけでも聴こうよ。これ、貸すよ」
「えっ。いいの」
「うん、それじゃあ。またね」

 つばきは中村令和からソニーのウォークマンを借りることとなった。アニソンもアニメもどうでもいいけど、とにかく「またね」という言葉がつばきにはうれしかった。

 早速、つばきは家に着いてウォークマンのイヤホンを耳に付けた。そして、三角の再生ボタンを押した。
すると、たちまち視界が一気に煌きだした。
身体じゅうの全細胞が歓び弾けて、着ていたセーラー服のテカテカや皺や染みが消えた。さっきまでと同じものとは思えない。スカーフの赤、大きな襟の紺色が鮮やかにうつくしい。整列して編まれたニットの網が愛らしい。
足はすらりと長く伸び、だらだら伸ばしていた髪の毛は一気にキューティクルが輝き秩序美しくまとまった。スカーフの下の胸とか瞳孔は膨らみ、睫毛は同一円状に開花した。背筋が伸びて、口角も上がる。いつのまにか窓から夕陽が差し込み、つばきを照らす。
一歩一歩踏みしめる度に脳内がお菓子を口にした時と同じように楽しくなる。背中からとんぼの羽が広がる気がする。そのまま飛んで町を見下ろせる気がする。

つばきは、その日初めて魔法少女に「変身」したのだ。根拠のない自信を身に着けた彼女は無敵だった。

 つばきは高校生になった。中学校とは違い、高校は電車を乗り継いで一時間かけて登校することになった。
 思えばこの高校に通うために、一年間塾に通い、授業中に鳴り響く空腹の恥に耐えた。そうして合格を掴み取り、晴れやかな気持ちで高校に入学したのだが、その苦労と現在の高校生活は見合っていない。
 昼ご飯が足りない。睡眠時間も足りない。授業までに準備しておくための余裕も足りない。なにより、それらのストレスを帳消しにできるためのお小遣いが足りない。
 それでもつばきはここぞという時はウォークマンを聴いていれば大丈夫そうだった。あとは食べて寝てれば登校ができた。

 ある日、それに遭遇した。
 それとは、痴漢のことであった。
 つばきが電車の中で単語帳を開いてテストまでに暗記していると、隣の席の男の人が距離を詰めてくる。通勤ラッシュでパンパンの車内だから仕方なく、ささやかに端の方に詰めて距離をとる。しかし、男はまた詰めてくる。つばきも距離をとる。それが延々と繰り返されていくうち、端のスペースはとっくになくなっているが、それでも身じろぎしていたが、やっと「これは痴漢だ」と気づいた。
 これは試験対策どころではないので、つばきは席を立つ。運がよく、ちょうど降りるつもりの駅についたので降車すると、男も降車する。そんな背景の中、住宅街の裏道をずっと前後に歩いていて、平気でいられるだろうか。

 つばきは啖呵を切りたい気持ちでいたが、なにぶん頼りない声質なため威圧的になれない。それに話しかけられてうれしがられるととても癪だろう。

 歩いていて街並みも変わり、日差しにあたるようになる。すこし安心する。ウォークマンをやっと手にして、音楽を聴き始めた時、つばきは男に羽交い絞めされた。
 つばきは悲鳴を上げる瞬間に口元を塞がれて、近くの公衆トイレに連れられる。だれでもトイレに入るまでの間、つばきは音楽を聴いていた。「女の子生きろ豚は死ね」という歌詞が出てきたため、何がなんでも自分は生きなければならない。

 男もつばきも気が付かないでいる内に、つばきはすでに変身していた。二の腕はたくましく、身長も伸び、腹回りや太ももには筋肉か脂肪かわからない肉がどっしりとついていた。つばきは、B・W・Hがほぼほぼ同じ値になるくらい、重厚な身体を手に入れた。
 声帯が変わったつばきの啖呵は低く響いた。
「残念だな」
 男は様子がおかしくなった獲物に虚をつかれた。勝負は決まった。
「え? 何が」
「お前の人生しょうもなさすぎて残念だな」
 つばきはウォークマンのUSBのフタをあらかじめ取って捨てて、そのUSB差し込み口を思いっきり男の顔面に突き立てて大きく引っ掻いた。
 眼球に当たってしまったらしく、男の目から血が噴いた。男が血涙を流している隙に急所を鋭く蹴り上げると、男は倒れた。そこでまた急所を踏みつけると、「プチ」という感触がトイレの中で響いた。男性器が分離した。そこから血が広がって辺りを埋め尽くす前に、つばきは逃げた。走っていく内にもとの身体に戻っていった。

 つばきはこのことが恐ろしくなって、帰りに公衆トイレを覗いてみた。しかし、血の痕跡も匂いもなかった。そういえば、そもそも、あの男が存在しているかも怪しかったし、自分が痴漢されたという事実もよくわからない。つばきは忘れることにしたし、あれ以来電車で嫌な気持ちになることもなかった。
 つばきは数学がいつまで経ってもできなかった。高校三年生になっても高校一年生の二学期で習うことのひとつもわからなかった。このままだとつばきは大学に行くことが出来なくなるのではないか、と不安になったものだ。センター試験だけを利用して受験できる学校もあると聞き、つばきは安心したがそれは当時の場合私立大学に限る話であった。

 つばきの意志には中村令和が過ぎらないこともなかった。電車で中学の同級生に遭うと中村令和の話題になるたび耳をすませた。うまくやっているような、やっていないようなよくわからなかった。つまりなにもわからなかった。つばきは進研模試の受験校にそれとなしに首都圏の大学名を入れていたものだった。大体Cだった。現実問題東京の大学に通うとなると負担が大きすぎるので諦めた。地元の私立大学に行こうと思い至った途端、急にやる気を失った。

 つばきが大学受験を控えた夏はとても暑かった。体育祭に使うペンキはすぐに腐るし、体操中に熱中症で倒れる生徒はごろごろいたし、この期に及んで体育会の精神を自分に託されても迷惑だな、という場面に直面する前に創作ダンスを踊っていたら下級生に足を踏まれて骨折した。その日からつばきは体育祭の全種目を諦めることになった。なんだか目がキラキラし始めた。

 骨折を治すために通院すると高校では公欠扱いとなる。これ見よがしに病院に通ってみたくなるものだが、つばきはヤブ医者に当たり、医者のニヒルな半笑いを見る度に目を伏せた。二回通ってもう通わなかった。

 自力で骨をくっつけると、いつの間にか体育祭は終わり授業が七時間から八時間になった。朝補習の〇時限目は昔から存在していたが、放課後補習の八時間目が出没した。つまり授業さえちゃんと受けていればそれなりに試験はうまくいく教育方針なのだ。その授業の準備の時間をかき集めるだけの、つばきの情熱やエネルギーは、とっくの昔に骨と共に折れていた。
 そんなことより、クラスメイトたちが皆イライラしているのが悲しかった。そういう時期なのだ。繁忙期の年度末もそうだから、社会にゆくゆくは出て行く以上はそのイライラに堪えてこそ一人前になれるかどうか決まる、みたいな見方があるけれどつばきは堪えられなかった。

 つばきはクラスメイトたちが怖かった。この人たちを今怒らせたらこの人たちは一生を棒にふるうくらいの危うさがあった。そんなのは傍からみれば加害妄想なのだが。つばきが模試そっちのけでものを考えていると、クラスメイトたちが舌打ちをするのだが、まごうことなくそれはつばきの幻聴だった。
 つばきが途中ですすり泣く模試があった。模試はつらかった。模試の為に勉強を強いるような発言を担任がしておいて、いざつばきは何も準備をすることができなかった。しかし、普通模試とは準備しないことが条件の試験なのでは? と筆者は個人的に思う。つばきはそんな発見に立ち会うくらいの余裕はなかった。とにかく高校時代は常に勉強してなくて申し訳ない気持ちを日常が貫いていた。
 やがてつばきは受験料を払って受ける模試は受けないことにした。目の前にあるものだけを消化すればうまくいくものの、目の前にあるものが過剰だと最後まで気づかなかった。担任も、クラスメイトも全員、つばきにはこの高校の課題が多すぎることに気がつかなかった。

 つばきの成績はみるみる下がり、受験できる地元の私立大学が限られたが一番偏差値の高い所じゃないととてもじゃないけど実家から通うことができない。
 悲しい時こそ、つばきはウォークマンで音楽を聴いた。途中、ウォークマンを買い替えたけど中身は無事だった。センター試験前には筋肉少女帯の「高木ブー伝説」を聴いた。つばきは高木ブーになるように勤めた。
 センター利用で国語と社会と英語だけを受験した。つばきはこの三年間英語の予習だけはなんとか毎日こなすことができた。それもこれも英語の先生が怒らせると厄介な先生を演じきってくれたからである。おかげで英語の教師には歪んだ幻想を抱いている。歴史もまあ得意だった。国語だけは怖かった。何度考えても、つまらない分岐を選ぶことが出来ない。高木ブーにはなれなかった。
 自己採点をすると、国語は爆死したが、英語の筆記は八割、歴史は九割正解していた。
 蓋を開けてみれば、センター試験をそんなに頑張らなくてもこの大学は生徒を拾ってくれるのかもしれないな、と大学の入学式の顔ぶれを見てつばきは呟いた。

 ウォークマンを借りてから7年が経った。つばきはアニメをいくつになっても好きになれなかったけど、ウォークマンの中の音楽は全部大好きなままであった。
USB型のウォークマンはとっくに型が古くなってしまい、痴漢に遭った際の衝撃でそこから調子が悪くなり、受験期に永眠したが中身の音源はほぼ無事だ。もし中村令和に返却する時どうするのか、不思議だ。中身の音楽も、バンドやロックやパンクが流行らなくなった現在では時代遅れなのかもしれないが、つばきはいつまでも懲りずに聴き続けた。

 つばきは今就職活動中であるが、一個も内定を貰ってない。つばきは一見何も考えてなさそうな、無個性そうな顔つきをしているが、実のところ相手に要求するレベルがめちゃくちゃ高い。そういう訳で、身の丈を知らずに大企業ばかりを受けては落ちていた。
 そもそもつばきの身の丈というのは、地元の私立大学を卒業見込み、それ以外は特にこれと言ったサークル活動も苦労するようなバイトも経験してない。かといって公務員を目指すように前もって勉強してきたわけでもない。公務員を目指すように親に言われたこともあるが、準備が煩わしいようで、無計画に就職活動を進めた。

 この頃からつばきはウォークマンから遠ざかるようになった。音楽を聴いてもしかたがなくなったのだろう。よくここまでウォークマンの音楽に飽きなかったものだ。それに根拠のない自信はここでは敵わなかった。
つばきはどこか遠い目をしているが、あまり落ち込んでいなかった。つばきもそれがどうしてだかわからなかった。落ちるとわかって就職活動を進め、その自分はどこに落ち着くのか。そういった旨を鍵付きのブログにあげては削除していた。

つばきはある時、バイトから入って、正社員を目指そうと思い立った。というのも従姉からそう入れ知恵されたのである。その従姉は転職して正社員になってなんだか前よりしあわせそうだ。
従姉に感化されて、つばきは検索して上がったゲーム会社に面接を申し込んだものの、急に面接が中止になった。理由は、最後にメールの返事をしたのが会社側だったのが気に入らないというものだった。
つばきは働く意欲がなくなった。あまりにふさぎ込む娘に、つばきの両親は「一年間なら、ニートをやってもよい」と言ってくれた。それが大学四年生の冬だった。

就職活動を考えなくてよくなったが、困ることがあった。つばきに彼氏ができた。彼氏との逢い引きに、親に逐一連絡してお金を貰うのにはなかなか気が引ける。
そういう訳でつばきは卒業してから派遣でパートをすることにした。

派遣先は官公庁で、空気があまりよくない。ピリピリしている。そんな中、つばきはひたすら、写真集から蝶の画を取り出し、スクラップし続ける作業を頼まれた。つばきにはこの作業で何を創出しているのかさっぱりわからなかった。
それでも彼氏とのデート代のため、心を無にしてばりばりと上質紙を切り裂いた。一匹取り出し、二匹取り出し、やがて一冊の写真集から数百枚の蝶を取り出した。
今度は、同じ写真集からバッタを取り出すように指示された。同じように、一匹取り出し、二匹取り出し、数百匹取り出した。
次に、違う写真集から、天道虫を取り出すように指示された。ここまで三か月が経っている。勇気を集めて、つばきは質問した。

「これが何になるんですか?」
 すると、上司は
「実は、僕もわからない」
 と言って、そそくさと煙草を吸いに行った。

 世の中にはいろんな仕事があるとは考えていたが、まさかこんな仕事があるとは。つばきはいつまで経っても慣れなかった。

 つばきの仕事の成果が現れる日が来た。上司が車に同行するように命じたので、ついて行くと、市の青年研究博物館に到着した。そこで、つばきが切り抜いてきた数々の昆虫たちが大量に保管されていた。それらをカートに乗せ、近くの焼却炉に行く。
 焼却炉は森の中にあった。轟轟と燃えたぎる炎の中につばきの切り抜いた写真たちが放り込まれた。つばきはショックだった。こんなものを見に来たのか。奥歯を食いしばって、火が消えるのを眺めていた。
 炎は灰になり、風が吹いた。すると灰が、切り抜いた昆虫たちそのものになって、森の奥へ飛び去って行った。
 魔法は存在するのだ、とつばきは感動した。泣きながら上司についていき、車で送ってもらい、会社でまた働いた。

 つばきに彼氏ができたのは大学三年生のことで、相手は授業でよく一緒になる男の子だった。

つばきは部活に入っていて、サブカルチャー部に入っているのだが、どういう訳か同期は全員法学部か心理学部だった。つばきは文学部だった。
遊ぶ友達には不自由ないが、ノートを借りる相手はいなかった。思えば入学式の後の立食パーティーで、誰にも話しかけず話しかけられず特に何も食べずに会場を後にしたのはつばきだけなのではないか。不安に苛まれながらも勇気を出し、全く知らないけど同じ授業を受けている女の子に打診したが、相手は砂糖菓子みたいな服を着ているくせに断った。以来、つばきは同じ学部の人を信用しない。

つばきの彼氏は福祉学科の同学年だった。まじめなので、福祉について真剣に取り組んだ結果、こころを病んでいた。本末転倒な例はこのように巷にごろごろあるものだ。
二人は精神科でばったり遭遇した。待合室で隣り合い、談笑したのちに連絡先を交換した。
つばきは高校の頃から誰でもいいから付き合いたかった。そうでもしてないと世の中のつがいたちの髪の毛に火をくべて松明にしてやりたい。そういう言葉をツイッターで羅列するくらいにはさみしそうだった。
やがて男の方から告白し、交際が始まった。

つばきは一日の二十四時間のうち七時間は彼氏になにか話しかけていた。優しい彼氏は最後までそれに付き合ったが、たまに疲弊していた。時には面会謝絶することもあったが、いつまでも仲が良かった。

つばきの就職がうまくいかない時に、先にすんなり就職が決まった彼氏はいつもつばきを慰めていた。
つばきはしあわせながらもこのままで済ませられない矜持がますます強くなった。それでも就職がうまくいかない。彼氏と結婚することで自分は人生を獲得する定めかと思いきや、そうでもなかったのである。
彼氏の配属先が沖縄に決まった。福岡にいる二人には衝撃だった。つばきはどうしても沖縄の郷土料理が食べられなかった。学校の給食の、沖縄フェアのものであってもメランコリーになるくらいには好きじゃなかった。
しかし彼氏は乗り気であった。まずは遠距離恋愛を一年続けてみようという結論になり、派遣での勤務も始めてみた。その結果別れることになった。沖縄に一度行ってみたけれど、太陽がやけに眩しくて彼氏の顔がよくわからなかった。ずっと後ろをついてきたつもりが全く違う人だったこともあり、そこでつばきは気づいてしまった。誰でもいいことに。誰でもいいわけじゃないけど、一定の条件を満たせば誰でもいいのだ。
沖縄に行くことは割に合わない。近くにいることが条件だったのに、沖縄に居られては全く意味がない。そもそもそんなに給料をもらっていない。そういう旨を一気にまくし立てて、つばきはひとり飛行機に乗って帰った。

つばきは彼氏と別れたことを明かすと、職場の人にお見合いを紹介される。人生を手に入れるならこれも一つの手なのでお洒落してホテルオークラに行く。
会食を軽く済ませ、その後二人きりになった。手を掴まれて「今夜どう?」と言われてもつばきは不快そうだ。
この職場も潮時だろう。あまりにも自分をさらけ出し過ぎてしまった。ここまで優しくされてしまったからには、ここに居ても新しい可能性が見いだせないだろう。

帰り道、新しい音楽を探しにCDショップに行くも、つばきにはすっかりわけがわからない。つばきにはシティポップの定義もわからない。乾いているのに甘くてけだるげな歌詞とビートが沁み込んできて気持ち悪いものだ。
ふと携帯でライブハウスのスケジュールを見ると、ちかぢか戸川純が来るらしく、ギリギリでチケットを用意することが出来た。

つばきは初めて戸川純を目の当たりにした。可憐な元気娘の昔と比べるとそれを手放して貫禄と哀愁を獲得していながら、少女性は不変だった。つばきは母子受精がお気に入りで、なんと披露してくれた。
つばきにとって、戸川純はユーチューブで好き好き大好きのPVを一目見た時からイデアだった。ああいう暴力と庇護の矛盾を孕んだ愛らしい存在になりたがる節があった。でも、どうすれば戸川純になれるのか意味が解らなかった。

そんな時、隣の人がぶつかった。
「すみません」
「大丈夫です」
 見上げるとつばきに似ている顔がそこにあった。明らかに、つばきよりは垢抜けていて洗練された顔つきなのだが。

 戸川純を経験した歓びはいつまで経っても色褪せず、ずっと戸川純をリピートしていた。つばきは職場を退職し、失業保険で細々とやりくりしていた。そんな時、ツイッターにダイレクトメールが届いた。

 朝、携帯のロックを外すと通知が来ていたので確認すると、つばきのツイートに大量のいいねが届いた。全部同じアカウントからのもので、ずいぶん昔まで遡ってチェックされていた。
 それがつばきにとってまんざらでもないのは、いいねの主がアイドルだったからであろう。アイコンを見るとすごくパンクを感じる。すっぴんも載せているので見てみると、つばきの目が釘付けになった。眉毛がないのも驚くポイントだが、光の当たり具合が絶妙になってつばきによく似ているのだ。
「あ、あのひとだわ」つばきはひとりごちると、まだ通知が消えてないことに気づいた。
 ダイレクトメールを開くと、メッセージがひとつ。

「今度、ここでライブするんですけど、お代はいただかないので来てくれませんか」
 そして、リンクが貼り付けられていた。
 アイドルだけを集めたフェスで、午前中から夜までぶっ通しのタイムテーブルだった。その子は、終盤の序盤くらいに出る。

 当日、つばきは北風にスカートを捲られながら海辺の即席ライブ会場についた。
「予約名をお願いします」
「えーと、神田夏樹という人に紹介されたのですが」
「ああ、取り置きの子ね。どうぞ。再入場禁止です」
「トイレは駄目ですか」
「その時はこのチケットの半券を提示してください」

 それから六時間も立って応援し続けるのは苦行だ。オタクはほぼほぼ同じ顔ぶれですべてのアイドルのコールを奉納している。凄い。もしかしたら新陳代謝はあるのかもしれないがまったく気にならない。こちらが気にしてないだけかもしれないが。
 つばきは途中から観覧をサボった。たまに曲が良いアイドルは検索して脱退などの紆余曲折を垣間見て絶句したりしていた。

 そして、神田夏樹の出番がやってきた。四人で歌って踊っているが、MCを聞くと通常十人で、今日は二人ドタキャンしたらしい。
 四人の中でも神田夏樹はまあまあ目立っていた。歌はあんまりうまくなかった。売れてないだろう。神田夏樹が無理矢理丈のきわどいセーラー服を着させられている感じがまた見ていて歯痒い。

 終演後グッズ販売が始まり、いつまで経っても終わらないのでさっさと帰ろうかとつばきが支度していると夏樹が目配せをする。つばきはいつまでも待った。

「今日はありがとう」
 着替えた夏樹がつばきの元へ駆け寄る。
「いえ。お疲れ様です」
「サイゼリヤ行こうか。お腹空いた」
「あの、なにするんですか」
「まあまあ、食べてから話そう」

 二人はサイゼリヤまでの道のりで、軽く自己紹介をした。夏樹はアダルトビデオが好きでAV女優になりたかったが面接で落ちた話をした。つばきは驚きもせず「その気持ちはなんだかわかるなあ」というような共感を顔にとめていた。
夏樹はつばきより二歳下で、二十一歳。大阪を拠点に活動している。アイドルのようなことはAVに落ちてから始めて二年くらいになる。やはり内面もパンクな人で、高校をさんざん転校しておきながら中退している。AVに落ちたのはパンクゆえだろう。
つばきは戸川純の感動をたらたら喋っていた。

サイゼリヤについて、注文して、夏樹は開口一番に
「一緒に東京行かない?」
 と切り出した。あまりの急展開であるが、つばきはなんとなく察していた。

「どうやって?」
「私と組むの」
「夏樹ちゃん、歌へたやん」
「……。まあ、プロデュースしてくれるらしいので」
「え、誰に」
「わからん」
「なにそれ」
「とにかく、一緒にやるならつばきしかいない」
「どうして」
「ビビっときた。戸川純のライブで、この子だったらわたしを補ってくれると思った」

 つばきはその夜、親を徹夜で説得した。好きにしろ、をいただいたのでそれからすこしの間バイトをしてお金を貯めて、東京へ向かった。飛行機の中で何度もお気に入りの曲をリピートしていく内に東京に着いた。先に夏樹が居て、成田空港で迎えに待ってくれた。
 夏樹のアパートにひとまず転がりこんで、翌日、事務所なるものに足を運んだ。

 ふたりは引っ越しがひと段落して、事務所に向かった。

 これから所属する事務所は小さくてつい最近できたばかりのペーペーの事務所だ。しかも夏樹がもといた事務所のうち機能していた人間だけが移動して作った。
 寂れたアパートの一室。錆びついたドアを開ける。ギイギイ鳴らしたその先には一般家庭のような温かみがあり「普通にここで暮らしてるんじゃん」とつばきは悟った。
 夫婦が住まっていた。つばきと夏樹はポトフを振舞われ、何も考えずに啜っていた。旦那が事務所の社長で妻が副社長兼マネージャーとのことだ。もうひとりアイドルをプロデュースするにあたってプロデューサー兼作曲者がいるのだが、めったに姿を現さない。

「それって今からアイドルのコンセプトを決めるのに大丈夫なの」
つばきはただでさえ疑心暗鬼になっている。
「前からプロデューサーはそんな感じだったから」
それで済まされるような緩い世界なのか、とつばきは心得た。そういえばこの世界にはいろんな人がいるのだ。

「初めまして。つばきちゃん。緒方直美と言います。この人は高寛。よろしく」
「初めまして、霜居つばきです、よろしくお願いします」
「改めて聞きたいんだけど、どうしてアイドルを目指したいのかな」
「それは、ですね……正直自分がアイドルになる画が全然浮かばないですが、夏樹さんとなら何か面白いことができると思って、夏樹さんの誘いに乗りました」
それを聞くなり「なんかお見合いみたい!」と夏樹が茶々を入れる。
「これは大事な面接だから夏樹は邪魔しないでね。その面白いことってどんな未来を想像したのかな」
「これは、完全に願望ですけど。戸川純さんのライブを観た時に感じた少女性への希望をわたしも体現できたらなと思っています……自分が戸川純になれるとは微塵も思ってないですけど」
「そうなんだ。何か、自信があったり頑張っていることはある?」
「特にこれと言って成し遂げたものはないです。あったとしたら既にその道に向かっていますし。でも……中学校の頃、好きな男の子に貰ったウォークマンがあるんですけど、その音楽を聴くと力がみなぎります。自分は無敵だと思えるんです」
「へぇ。もっと詳しく聴かせて」
「そのウォークマンで戸川純とか筋肉少女帯とかを知ることになったんですけど、その音源を聴いて、高校時代は痴漢を撃退しましたし、身体が絶不調の中大学受験も乗り切りました」

「その設定、いけるな」
 そこで初めて社長である高寛が口を開いた。
「歌によって強くなるアイドルというか。歌って敵をやっつける、闘うアイドル。これで設定を組めば面白そう」
「わたしもそう思う。つばきちゃん、合格。正真正銘、これからもよろしくね」
 直美さんが手を差し伸べた。つばきはそれを半信半疑握る。横から夏樹が歓喜する。
「やった~! つばき、合格だってよ」
「え? 最初からここに入るつもりで上京したのに、不合格なんてことがあるの」
「まあまあ。いいじゃん合格なんだから」
「早速なんだけど、芸名何にする? 夏樹は本名だとおのずと前のグループと同じ名義になるけど」
「わたし、芸名がいいです」
「夏樹も違う名前にしたいなあ」

 それから二時間の会議の結果、二人は福岡と関西の出身ということもあって、エスカレーターの並び方から着想を得て、
つばきは「左川冥衣」
夏樹は「右田亜依」
という名前に決まった。プロデューサーにその旨を伝え、二人は自宅に戻り、若干喧嘩しながら生活を始めた。

 冥衣は亜依に訊いた。
「アイドルになるためには何をするの?」
すると亜依は訥訥と語った。
「話題作りをやるんだよ」
 話題作りにはなにをすればいいのか、冥衣はわからなかったが、そういうのは経験者に語らせるのが一番早いのだった。
「要は、デビューする前に、話をつけて、不倫とか問題騒動を起こして、ニュースになるようにしむける」
 冥衣は言葉を失った。よりよく生きるためのアイコンなのに、一回堕ちなければいけないのか。その落差によって、人々は救われるのか。
 亜依やスタッフは着々と作戦会議を練りこんでいるのに、冥衣は聞く耳を持てない。
 風俗で体験入店をしようかとか、チャットレディで会える化をするか、いろいろ考えても、ぜんぶAKBの二番煎じなので、誰も賛成しなかった。
 思えば肝心な時にいつもプロデューサーがいない。
「プロデューサーってどんなひとなんですか」
「曲しか作らないから、あんまり役に立たないよ」
でもプロデューサーは亜依や冥衣と同じ年だと言う。
 冥衣は啖呵を切った。
「余計な小細工はやめましょう」
「そしたら、FF10以下の寂しい活動だよ」
「わたしは歌ってりゃいいです」
 思えば、スタッフは言えば亜依の身内、さらに言えば株での固定資産はあるので、アイドル業なんて道楽も道楽なのだ。
どういうわけか冥衣はプロデューサーに会いたがった。
「プロデューサーって男ですか」
「男だよ。東大卒」
「箔はついてるんですか」
「いや、ただの、ぷー太郎だけど」
「ねえ冥衣、なんでそこまでプロデューサーにこだわるの」
「信用ならないからだよ。なんでそいつが矢面に立たずになにもかも私たちに背負わすわけ」
「わかった、今からプロデューサーを呼ぶよ」
「だったら最初からそうしてください」
「おーい、出てこい~」
 すると二階から出てきたのは、中村令和だった。
「こんちわっす」
 冥衣は振り上げたこぶしを握りつぶした。
「なんでこんな形で再会するの……」
「あれ?ふたり知り合い?」
「同級生だよ。田舎の」
「わたし、令和くんと付き合ってるの」
 亜依は宣言する。
「わたし、令和のあげまんよ」
 冥衣はぐらぐら揺れている。
「どうした冥衣」
「なんか……リビドーが……」
「リビドーがクラッシュした」
 その一言から、ふたりの活動がリビドークラッシュガールズという名前になった。

冥衣はあんなにショックだったはずなのに、そしらぬふりして、亜依のアイデアに乗り続けていく。
「歌作ろう。MV作って、握手会するの」
「そう、そうだね。MV作って、握手会しよう」
 歌を作る、となるとどうやって? と思ったものの、中村令和が打ち込みをやって、歌詞も描いてくれるというからその流れに沿って行動したほうがいいに違いない。
 当初、リビドークラッシュガールズは船隊ものという設定だったが、二日で瓦解した。

「リビドークラッシュガールズのうた」
あなたはもう
がんばらなくていいです
がんばっても
たかがしれてる

それなのにまだ
がんばらなくちゃいけない
がんばったって
なにがあるというの

はじめまして
左川冥衣です
視力は0.01
いつもメガネは脂で濁ってる
左の国からやってきました

ねむれません
ルネスタききません
むしろ夜食がおいしいし
元彼にLINEを送ってしまう

好きな人は
宮台(真司)とフロイト
空飛ぶ夢ばっか見て
いつか太陽にたどりついて死ぬ

これ以上飛びたくない
だれかわたしをとめて
つなぎとめてよ

めいの列は左側
もしはなしかけたいなら
二千円以上お買い上げで
ツーショットチェキプレゼント

だけどもう
がんばらなくていいです
がんばっても
たかがしれてる

それなのにまだ
がんばらなくちゃいけない
どうすれば
むくわれるのだろう

おひさしぶり
右田亜依です
上から89・67・90
目が合った奴から殺す
右の国からやってきました

モノマネします
「ダンカンバカヤロー」
一万円徴収します
目撃できてラッキーですね

夢があります
大画面を占領し
世界を征服する
わたしでいっぱいにする

まだまだ物足りない
わたしをとめないで
おいかけてきてよ

亜依の列は右側
もしはなしかけたいなら
二千円以上お買い上げで
ツーショットチェキプレゼント

だけどもう
がんばらなくていいです
がんばっても
たかがしれてる

それなのにまだ
がんばらなくちゃいけない
がんばったら
あなたに会えるから

それなのに それなのに
がんばらなくちゃいけない
がんばったら
あなたに会えるから

「嘔吐麻薬」
ほんとうはもうたべたくない
だけどなんだかねむれない
AMSRきいたって
あいつを思って涙ながしても

このつまらないくるしみにいきのばされる
このつまらないしあわせになやんでしまう

せりあがるあまずっぱいあまずっぱい
ケーキやハーゲンダッツ、マリーのビスケット
にがいコーヒーでながしこんで
それでもねむれないから
それでもねむれないなら


わたし 嘔吐麻薬 します
わたし 嘔吐麻薬 中毒
あなた 嘔吐麻薬 差別
でもね 嘔吐したら
カラフルな虹が見えるの

じつはいちねんで10キロ太った
これ以上つづけるとやばいよね
精神科なのかな
それとも内科なのかしら

このつまらないくるしみこそゆるがないもの
このつまらないしあわせに生きてるって感じ

せりあがるあまずっぱいあまずっぱい
生クリームをミキサーで泡立てて
チョコレートも溶かしてひとりパーティ
それでもねむれないから
それでもねむれないなら


わたし 嘔吐麻薬 します
あなた 嘔吐麻薬 みます
わたし 嘔吐麻薬 あきた
でもね 嘔吐したら
夢をあきらめられるの

嘔吐麻薬
嘔吐麻薬
パンジー色のまぼろし

嘔吐麻薬
嘔吐麻薬
あなたが見てくれるし

嘔吐麻薬
嘔吐麻薬
あしたどうでもいいし

★繰り返し
☆繰り返し

両A面で、CD-R に焼いて販売することになった。売れ行きは上々。
実は冥衣は過食嘔吐をやっていたので、それが歌になったのはかなりビビった。

「ポルノスター」という楽曲でMVを撮ることになった。

ポルノスターは男色仕様
ノンケとばかりセックスして
見えない世界を見ようとする

ポルノスターはノンケで
ゲイの人に支持されてるけど
女の人しか好きにならない

本当にそうなのかな
本当は誰でもいいんじゃないのか

ポルノスターは魔力を使う
本当に好きな人相手に魔力は使わない

わたしはポルノスターみたいなポルノを撮りたい
好きな人の薔薇が散るのを撮りたい

セックスしたいなんてだめだろう
もっと身の丈をわきまえないと
 
このMVを撮るにあたって、中村令和の友達のAV男優を呼んで、中村令和との絡みと、亜依との絡みを撮り、それを見つめる冥衣をひたすら撮っていた。最終的に、ポルノスターと冥衣が対峙して、冥衣が抱きしめられるところで映像は終わる。

「恋の劇薬」という曲もMVを撮った。

わざとハンカチ落としたの
仰々しく拾ってもらった
そこから恋が始まるの

劇薬劇薬 恋の劇薬
劇薬劇薬 恋の劇薬

みんなやってるから私もやるの
ご飯食べてさみしくなったら
車を動かし会いに行く

軽自動車でごめんね
でもストレスがあるから楽しいでしょ
本当 初恋なんて幻だね
恋なんていくらでも掛け持ちできるのに

君のことその程度って知ってたよ
だけど私には本物がわからない
だったら何でも偽物で済まそうよ
どうせ 楽しく やるからにはさあ

気がついたらスマホないの
しれっと女子トイレに会った
気を抜いてたら始まってるの

劇薬劇薬 恋の劇薬
劇薬劇薬 恋の劇薬

誰でもいいんでしょ 僕もやってよ
ご飯食べても引き下がらない
頭を悩まし ホテルに行く

こんだけ自由であると
不毛なのは今なのか
それとも人生そのものか
わからなくなるからやめられるのかな

君のことその程度だと思ってるよ
残念ながら君は本物じゃない
私って全然似合ってないのかも
これからどうするって言われてもさあ

私はどの程度かわからないよ
だけど明日あっさり結婚する
好きなものが偽物だとしても
私にとっては好きなわけだよ

この曲では、中村令和のつてで占い師を呼んで、その人を中心に撮った。ハイエースを借りて男装した亜依と冥衣が組んずほつれつまぐわったり、職場に近いショッピングモールのトイレを借りて撮影した。

 ほぼ冥衣と亜依の自力の創意工夫で撮ったMVの視聴者数は1万人を超え、評判は上々。次はライブを実際にやって、それなのに握手会もする。

冥衣のSNSのアカウントに、毎日変なメールを送る人がいた。それを毎日冥衣はチェックしていた。冥衣のアカウントには周期があって、満月になるとファンのオナニー動画が送られてくることが多いが、変なアカウントは、オナニーを送るムーブメントが高まると我も我もとオナニー動画のようなものを送ってくることはあったが、恥ずかしいのか顔も局部もうやむやだった。
他にも個人撮影会を乞うアカウントがいて、せっかくだしこの人にCDジャケットを撮ってもらおうかと思っていたけど、読んでみたらスマホで撮影するタイプのオタクで、話を聞いてみれば身分が大変怪しい人で住所不定だったので帰らすことになった。穏便に収まった。
怪しい会社から怪しいパーティーの話がやってきたが、亜依が面白がり、潜入することになった。ごちそうを前に、まずとあるピルを飲まなければならない。怪しい。亜依はそしらぬふりして足元でつぶすことができたが、冥衣は嘘をつくことができない。同町圧力を会社が興すと、中村令和が車でやってきて、冥衣と亜依を回収した。
 車の中で亜依が言うには、「わたし中村令和と付き合ってないねん」
 中村令和は「付き合ってるんです」とかたくなに言う。
 結局亜依が嘘ついたことになっているが、車を眺めていると、ふと冥衣の持ち物が転がっている。失くしたと思っていたチェキ、3歳くらいの時に愛用していた鴨のぬいぐるみ、卒業論文の紙の束もある。亜依はほとほとあきれていた。
「なぜ我慢できなかったんですか」
「俺は隠していたが、誰かがばら撒いていた」
「そうじゃなくてもっと根源的な話です」

 中村令和は、こういう奴だった。痴漢に遭うよりも総合的に痴漢に遭っていた冥衣は、その日から本当にリビドーがクラッシュした。まず、youtubeのアカウントを勝手に消し、リリースの話をひん曲げた。冥衣が歌詞を描いて監督した映像で売ることになった。

ストーカー・ストーリーズ

なんでお前が気持ち悪いかわかるか
お前が昔へんなことをしたからだよ
そう言われても事故に遭って記憶喪失
わたしはわけわからずに裁かれる

アイドルになって十字架にくくられて
魔女だからと炙られて試されるけど
そう言われてみると魔女かもしれない
人魚だって食べちゃったかもね
知らない間に人殺したかもね

あなたでしょ ニタニタ笑うあなた
あなたが全部知ってるんでしょ
だったらみんなの前で白状して
お願いお願いお願いお願い

なんでお前が腐ってんのか知ってるか
SNSで誰かからリプ来たけれど
腐女子ってことなのかな……それも違う
わたしはわけわからずに叩かれる

叩かれて叩かれて剣になる
今はただ耐え忍ぶ時期と言われたけど
そう言われると今って腐ってナンボだよね
大麻だって売春だって犯罪もやっちゃおうね
知らない間に妊娠したりするんでしょ

あんただろ ニタニタして笑うあんた
あんたが全部コントロールしてるんでしょ
だったら今すぐやめてください
お願いお願いお願いお願い

あなたでしょ ニタニタ笑うあなた
あなたが全部知ってるんでしょ
だったらみんなの前で白状して
お願いお願いお願いお願い

わたしって一体なんなんだろうね
ストーカーストーリーズあなたの小説
ネットで拾って読んでわかったわたしは
ただの飼い猫

 この「ストーカーストーリーズ」という曲のMVは、冥衣が亜依に通電されて、感電する様子、メイド姿の亜依や冥衣のスカートの中にカメラが潜り込む様子などが公開された。

 今も、リビドークラッシュガールズは活動している。まだ右田亜依はAV女優になれないし、左川冥衣は錯乱しているのをアリピプラゾールでごまかしている。