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issue 08 「崖にそびえる、サボりの殿堂」 by ivy


「ビリヤードしに行こうよ。」


そう言いたいだけ。たぶん。

その証拠にあいつは、あくびをしていた。
眠いのか。まぁ、そうだろう。


受験を控えた6年前の師走、よくあいつに誘われた。推薦で大学を決めて暇をしていた上に、彼が通う駿台から徒歩圏内の僕は、丁度いい気晴らし相手だったみたいだ。場所は決まって、淡路亭。パークギャラリー によく来る人なら、わかる人にはわかるかな。神田川のへりに迫り出した、異様に老朽化したビル。さながら掘にそびえる天守閣のような荘厳さすらある、アレだ。

一応、ビリヤード場なんだけど、よくよく考えるとなかなか特殊な場所で。記憶の確かな限りは BGM がなく、学生料金があり、ビリヤード台の製造場が本業だから、ドリンクは自販のみ。もちろん、ワンドリンクなんて野暮なことは言われない。サボりの営業マンとサボりの予備校生が溜まる『サボりの殿堂』。暖房の効きも良くなく、爆音だけはやけに本格的な大型空調が瀕死の呼吸で働いている。


ここは『遊び場』ではない。

『サボり場』なんだ。


サボりで来ている後ろめたさなのか、そもそも話すことがないのか、ここの客は、渋谷 EST みたいな場所でビリヤードをしている若者に比べて、会話が少ない。


「なあ、そろそろ帰らないか?」


炭酸が抜けたぬるいコーラを飲みながら切り出すのは、ビリヤードの玉のように、ずしりと気が重たい。

寂しそうな、それでいて少し安堵したような顔で頷くあいつは、今何をしているんだろうか。当時話していた内容は、今必死に頭を捻らせても思い出せない。共通の趣味もなければ学校だって違う。今だったら確実に関わりを持たない友達だろう。


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10代、特に理由もなく仲良くなる人が多かったなぁと、ふと懐かしく思うんだ。あの場所を通ると。ビリヤードをしに行こうなんて、今は思わない。理由もなく何かをすることがなくなった。

仲良くなる相手は『趣味が合う』『近い目標がある』『仕事の話で盛り上がる』など、何かしらわかりやすい理由が一つは挙がる。

これはたぶん素晴らしいことなんだけど、幼い頃気がついたら仲良くなっていた、そんな感覚はこの『サボり場』に置いてきたのかもしれない。

強いていうなら、『サボる』という誰にでもあるけどどこか後ろめたい、凡庸過ぎる共通項しかない友達(もしかしたら、誰にでもあるから後ろめたいのかもしれない)。そんなことで、切羽詰まった時期に一緒にいたくなるなんて。『理由がわからないこと』『どうしてそうするかわからないこと』これ自体に意味があるように思う。


自分の意思がない行動に、新しい出会いや気づき、感情の揺らぎがあること。

久々に連絡してみるかな。
「最近何してる?」

なんて。


いや参った。LINE が見つからない ...


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ivy(アイビー)
会社員で物書き、サブカルクソメガネ。
自己満 ZINE 製作や某 WEB メディアでのライターとしても活動。
創り手と語り手、受け手の壁をなくし、ご近所付き合いのように交流するイベント「NEIGHBORS」主催。
日々出会ったヒト・モノ・コトが持つ意味やその物語を勝手に紐解いて、タラタラと書いています。日常の中の非日常、私にとっての非常識が常識の世界、そんな出会いが溢れる毎日に、乾杯ッ!
https://www.instagram.com/ivy.bayside​

イラスト:あんずひつじ
珈琲にまつわるウェブメディア「オトナリ珈琲」さんで、<ストリートとメシ>をテーマにコラム『路端のブランチ』を連載中です。こちらもぜひ。


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