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【 レビューあり 】 てきちゃん 『てきちゃん漂流日記 1. 黒と白の捜索』 愛知県

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ZINE REVIEW by 加藤 淳也(PARK GALLERY)

4年前、悪性腫瘍が発覚して余命半年を宣告された。大きな病院の小さな診察室で、全身の血の気が引き、喉が急に渇いたのを覚えてる。幸い痛みや体調不良はなかった。ちょっとした気づきと不安からの検診だった。

余命半年と何百回も心の中で繰り返しながら、病院の横にある公園のベンチに腰を落とした。余命半年のうち3ヶ月が手術のための入院。どうやって死んでいくんだろう⋯。晴れた空の下、煙草をゆっくり吸いながら考えたのは、仕事の締め切りどうしようとか、もう旅行に行けないのかとか、酒が飲めないなとか。病室に Wi-Fi あるかなとか、音楽やラジオは聴けるかなとか。命の重さとか軽さとか、死ぬまでにやりたい10のこととか、残りの命を全うしようとか、そういう考えはなかった。仕方ないとか、なるようにしかならないとか、そのくらいの気持ちにしかなれなかった。

今回、愛知県からエントリーしてくれた謎の ZINE 作家 “てきちゃん” による ZINE『てきちゃん漂流日記』を読みながら、自分が向き合っていた <気持ちと体の実感の伴わない闘病生活> を思い出してた。

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『てきちゃん漂流日記』は、コロナ禍の2020年の秋のある日、めまいで倒れ、双極性障害(いわゆる躁鬱病)と診断された “てきちゃん” が、鬱に苦しみながらも、一歩ずつ自分の内面に向き合っていく試行錯誤の日々の記録。つまり日記。全60ページという読み応えだけれど、実はこれでも二部作のうちの一部。一部は躁鬱でいうところの鬱編で、二部の躁編に続いていく。

闘病日記のようなトーンかと思えばそうでもなく、特に病気になった理由や原因が描かれるわけでもなく、てきちゃんの日々日常の行動の記録と、自身による行動の分析、病床に伏せる前後の想いなどが、淡々と(とはいえある種の疾走感がある)、まるで他人事(と言ってしまうと語弊があるかもしれないけれど)、そのくらい俯瞰した視点で描かれているので『病気』を題材にしているとは思えないほど。エントリー時は「メンヘラ系の支離滅裂な ZINE だったらどうしよう」と正直思った。けれどまったくそんなことはなく、むしろ驚くほど構成もしっかりしていて、読み手をワクワクさせる文才の持ち主によるしっかりとしたドキュメントだった。

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『双極性障害』

他人には気づけないくらい「ポーカーフェイス」な病気(個人差あり)ということもあるらしいけれど、大阪生まれの “てきちゃん” が時折混ぜてくる小ボケと、人間くさい行動、そして豊富すぎるまでのカルチャーの知識が、圧倒的な読みやすさを生んでいる。

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つげ義春に憧れて西伊豆に慰安旅行に行った日の話や(2021年1月4日)、BiSと非常階段のユニットライブや NATURE DENGER GANG のライブにプリミティブな命の鼓舞を感じたり(2021年1月14 日の日記)、同じ病を持つバッファーロードーターのムーグ山本氏のアジテーションに勇気をもらったり(2021年2月3日)、時々織り込まれるリリカルなまでのサブカルエッセンスが、なおさら親近感を抱かせる。体のことを気にしながらも、結局ハンバーガーやラーメンを食べてしまう(だからダメなんじゃないかと知りつつ)あたりも、共感だらけだった(実際ぼくも入院中そうだった)。

共感できてしまうからこそシリアスに感じるのが『自殺率20%』という数字と、ある日、突然、なんの予兆もなく病にかかってしまった、という事実と時々出てくる強そうな薬の名前。つまり、ぼくらだって、いつか、突然、なるかもしれないのだ。そしてヘタすると向き合い方によっては自殺にまで追い込まれてしまう。そう考えるとこの ZINE が、鬱病になってしまった時のための攻略本のようにも思えてくる。

たくさんの素晴らしい音楽、マンガに小説、映画やテレビに囲まれて、ストレスなく、心の栄養バッチリでも、ダメな時はダメなんだ。

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ただでさえ気づかれにくい病気を、友人たちに知らせるためにブログを書き始めたのがこの日記を書き始めたきっかけだという。「助けて」というメッセージを乗せた3ヶ月の日記がこうして ZINE になり、誰かの心を動かす。すばらしい取り組みだ。ZINE というメディアはこうじゃなきゃだし、こういう ZINE をしっかり掬い上げるプラットフォームが必要だと感じた。

COLLECTIVE に並んでいる ZINE は明るくポップなものが多い。その中で、『てきちゃんの漂流日記』はモノクロで、重く、暗く感じるかもしれないけれど、このモノクロームこそが、60ページのある種の『冒険』の伏線の回収になっていて、それも含めて最後の最後まで色鮮やかでおもしろかった。

おそらく、よその本屋でこの ZINE を見つけても、手に取らなかったと思う。けれど、COLLECTIVE では、多くの人がタッチしてる(できる)。ぜひ、一度は目を通して欲しい内容の ZINE だと思った。もしこのコロナ禍で少しでも心が弱っていたならば特に。

きっとてきちゃんが、少しだけ寄り添ってくれると思います。

おすすめ。

レビュー:加藤 淳也


---- 以下 ZINE の詳細と街のこと ----


【 ZINE について 】

2020年12月~2021年2月の日記です。10月にめまいで倒れてしまって休職し、11月に双極性障害(躁うつ病)と診断を受けました。それからずっと引きこもっていたのですが、12月頃にさすがにまずいと感じ始めました。友人たちに助けを求めようとしたのですが、どうもみんな僕が休職しているのを知らないっぽいので、「助けてくれ~」とブログで日記を書いて Twitter にシェアし始めました。その後は、感情の起伏に頭を悩まされながらも、自己の内面に潜む躁と鬱と向き合って一歩ずつ進もうとする試行錯誤の過程を書き続けています。もちろん、さりげない普通の日常のことも。あくまでも僕のケースですが、他人からは絶対気づけないポーカーフェイスみたいな症状です。だからこそ、双極性障害を知らない方へ、ぜひ。

価格:¥880(税込)
ページ数:60P
サイズ:148 × 210mm


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作家名:てきちゃん(愛知県名古屋市)

大阪でのんびり育ち、就職を機に愛知へ引っ越す。働いて手に入れたお金で好きな本と漫画を買ってワクワクしながら読む楽しい日々。ところが、ある日突然めまいでバタリと倒れてしまい2020年11月に双極性障害と診断を受ける。めまいで本が読めなくなるが、代わりに家に引きこもってゲーム三昧の日々を送る。しかし、ぽつねんと部屋に1人、なんだか寂しくなってきた。このままじゃいけないような気がして同年12月に日記を書き始める。

https://www.instagram.com/fujimotekiiguchi
https://twitter.com/guerrillabook

【 街の魅力 】
超コンパクト、どんな物も自転車圏内で手に入る街!緑も多くて、おいしいお店もたくさんあるし、最高の街!暑いことだけが困りもの ...!
【 街のオススメ 】

① ひとしずく(本屋)... 築100年以上の古民家に今春オープンしたお店!土間とちゃぶ台の居心地の良さと、店主田中さんの光る選書、おすすめです !!

② ウェルビー今池(サウナ)... 「からふろ」という和室のような個室サウナがあり、自分でサウナストーンに水をかけて体感温度を調整できるわがままサウナ !! しかも、かけるお水は玄米茶や緑茶と良い匂い ... 今池は古本屋さんが多いので、本を買って、サウナに入って、ごろんと寝ころびながら読書できます。ほら、名古屋に住みたくなってきたでしょ !?

③ 想吃担担面(担々麺)... よく行くお店。汁なし担々麺がはちゃめちゃにおいしいです。ぜひ !!


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