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猫背で小声 season2 | 第12話 | コメディ No.1 (上)

ある日こう思った。

20年間引きこもった人間が人生を逆算した時、何をしたら楽しくなるか。

そして驚かれるか。

2023年。今年は奇しくも引きこもりから社会復帰し、10年目を迎える。いわゆる10周年だ。

10年前 NHK 朝の連続ドラマ『あまちゃん』で無邪気な笑顔を見せていた能年玲奈も、今では『のん』に名前を変え、紆余曲折ありながらも『さかなクン』を演じ、日本アカデミー賞優秀主演女優賞を獲った。

過去、引きこもりながら能年玲奈のごとく笑顔を見せていた『ぼく』に、こんなことが起きるとは。

なにをするか。
なにをしたら驚かれるか。

大人のようなこと。
大人がしていること。

ぼくも遅ればせながら42歳になり、じゅうぶん大人なのだが、なにか大人なことがしてみたかった。


そうだ飲み屋に行こう。

「そうだ京都に行こう」的な世の大人を動かすような優秀なコピーのようにはいかないが、「生きていればなにかが起きる」という気持ちを持って生きているぼくを動かすには十分だった。

「そうだ」なんてカジュアルな想いではない。これは「人生初めてのひとり飲み」なのである。

さて、飲み屋といってもどこがいいんだろう?

大人はどんな飲み屋にいってるんだろうか。難しい顔をしながらビッグマネーを稼いでる大人たちはどこで楽しんでいるんだろう。飲み屋を探すにあたっていろいろな想いが浮かんだけれど、結局は地元の飲み屋に考えが落ち着いた。

地元といっても飲み屋は知らなかった。けれど、ちゃんと目的をもって顔を上げて生活をすれば、お酒を飲める店がたくさんあることに気づく。

そしてたくさんあるからこそ「消去法」と「直感」いうのは便利で、自分がいつも会社帰りに自転車で通っていた店に行くことに決めた。

さて当日。

たしか金曜日だったと思う。
いつも通り会社から地元の駅に戻ると、ぼくが考えているお店のオープン時間にはまだまだ時間がある。そんな時はいつも駅前のカフェでアイスミルクとチョコチャンククッキーを食べ休憩していた。

いつもと同じ時間に、お馴染みのカフェにいるのに、なんだか落ち着かない。

エッチなお店に行こうとして、その最寄駅でモジモジと時間を潰している「輩(やから)」とあまり変わらない。いや、それ未満だ。

そんなことを考えていた
いつもの、いつかの、
地元駅。地元のカフェだった。

さあ出航。
時は来たのだ。

飲み屋は近い。

店の前に立つといろいろと考えてしまうので、早速店内へ。

店内へ上陸。
席へ着陸。

やっと、飲み屋。
人生はるばるひとり飲み。

店内は少し薄暗い。
これが噂に聞いていた飲み屋というものか。

気の知れた仲間と大衆居酒屋には行ったことはあるけれど、こんな落ち着いた飲み屋は初めてである。

緊張を隠せないというより、初めてですから。はじまりですから。

そんなことを誰かに話せるわけでもなく、誰とも話すわけでもなく、小一時間、時は過ぎた。

ふと、誰かが店内に入ってきたのを左の目で確認できた。全身の左側の五感が騒ぐ。そんな中「そのひと」はぼくの隣の席に座った。

隣に座ってくれたおかげで、左の視力も、左側の五感もそれほど必要ではなくなる。

ちなみにその時ぼくは、なぜか熱々の鍋を頼んでいて、生まれつきの猫舌を誰に見せるでもなく、ハフハフ、アチアチと鍋と格闘していた。そんな時に、左側の「そのひと」は右側のぼくに声を掛けてくれた。

そのひと「このお店初めてですか?」
ぼく「初めてです。人生初めてのひとり飲みです」
そのひと「えっ、そうなんですか⁉︎」

そのひとは驚いていた。

そのひと「なぜひとりで飲もうと思ったんですか?」
ぼく「ルポです。ルポ。ルポにしたいと思ったんで」

そのひとはえらく驚いていた。
そして軽く笑みも浮かべていた⋯ような気もする。

初めてのひとり飲みだったけど、そのひとのおかげで一気に緊張はほぐれたのだ。
いや、今までのいろんな苦しい人生の緊張がほどけたのかな、という気もした。

こうなれば話はすすむくん。

そのひとは山に登るのが好きらしい。
山に登る前に日本酒を買い、山頂の山小屋で日本酒を飲むことが好きという話を聞く。

ここからは「そのひと」を「日本酒さん」と記させてもらう。

日本酒さんにどこの出身ですか?と聞くと、西の生まれ。

「なになに県のなになに市の〇〇です」

幼い頃から引きこもって日本の地名ばっか覚えていたぼくは、なぜか日本酒さんの生まれた県も市も土地名も、聞くだけで分かった。

「その土地知ってますよー」とぼくが言うと、日本酒さんはさらに少し目を見開いたように感じられた。

それが良いことなのか、悪いことなのかは、よく分からないけれど、誰に引かれようとも、ぼくの身体の左半身が軽く寒さを感じようとも、地名に詳しいのがぼくだということです。

地名に詳しいのもぼくだし、昭和に詳しいのもぼくだ。

日本酒さんはぼくに対し、こう聞いてきた。

「見た感じ同じ感じの年代に見えますけど何年生まれですか?」

ぼく「昭和55年生まれです」

日本酒さんも女性なので、ここではプライバシーもあり年齢は言わないでおくが、ぼくと近い年齢らしい。

年齢のことを聞いた後にこんな話題になった。

「『スラムダンク』って見てましたか?」

その日本酒さんは小中学とバスケをしていたらしい。

学校にも行けずにいたぼくは、ガチの帰宅部といった感じ。そんなぼくでも『スラムダンク』の漫画は見ていたし、アニメも見ていた。それを伝えると、

「私も!」と日本酒さん。

ここでこの連載のヘビーユーザーであろう読者に伝えたいことがあるのだが、スラムダンクのアニメを見ている年代は限られており、アニメが放送していた期間も短かったのだ。

これが昭和生まれの良さなのだ。

日本酒さんはサウナ、お笑い、町中華好き。

あと、本も好きだと言っていたような気もする。

かく猫背もサウナ、お笑い、町中華好き。

生きてきて猫背で肩身が狭かったけれども、今では肩幅の広い物書きの端くれをしている。

日本酒さんと出逢った後に、この連載を読んでくれたサウナのお姉さんこと豊澤瞳さんから、SNS で「いいね!」とリアクションをいただいた。

こんな未来があったのだ。

こんな夜に、猫背はその夜を目一杯楽しんだのだ。

こんな夜は、想い出に残らないわけもないのだ。

好きな町中華の話をしていると、日本酒さんと猫背さんとの共通点がもう1つ。

『ご近所さん』

うれしいね。なんだか地元がうれしいね。

こんな時は、M1 グランプリの挿入歌、宮本浩次の『昇る太陽』を聴きたい気分になった。

いや、太陽は昇らなくていい。この楽しい夜が明けるなと願った。

そんなふたりのセンターマイクを介した「おはなし」は2時間にもわたった。緊張もしなかったし、なんだか不思議な時間を過ごした。愚痴を言うわけでも、人をけなすわけでもない、平和な平和なイーストランド。優勝。

3時間も席を立たずに飲んでいたので、尿意も溜まって、トイレに行く。用を足す。さてお会計。

「日本酒さん、また来ますね。」

それが初めてのひとり飲みの最後だった。  

コメディ No.1(下)へ続く

文 : 近藤 学 |  MANABU KONDO
1980年生まれ。会社員。
キャッチコピーコンペ「宣伝会議賞」2次審査通過者。
オトナシクモノシズカ だが頭の中で考えていることは雄弁である。
雄弁、多弁、早弁、こんな人になりたい。
https://twitter.com/manyabuchan00

絵 : 村田遼太郎 | RYOTARO MURATA
北海道東川町出身。 奈良県の短大を卒業後、地元北海道で本格的に制作活動を開始。これまでに様々な展示に出展。生活にそっと寄り添うような絵を描いていきたいです。
https://www.instagram.com/ryoutaromurata_one

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