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第6回 80年代末期の欧州ランジェリーブティック

初めてパリに行った1987年をきっかけに、フリーランスとなった翌年以降もまた足を運ぶことになります(それがいつのまにか2020年まで続くわけですが)。
はじめ数年は何度か、ある素材メーカーが主催する業界視察ツアーに便乗するかたちで、パリ以外の都市にも足を運びました。その主宰者である女性が店頭回り(ランジェリーブティックの視察)に熱心だった影響で、私も各都市の売場を見て歩きました。見本市ではいち早く次シーズンのコレクションが発表されるわけですが、それらがどのように店で売られているのかを見るのも大切なことでした。
1990年代後半から世界のグローバル化が進み、ファッション流通は世界各都市とも巨大資本企業による大型チェーンが席捲していくわけですが、80年代末期から90年代前半にかけてはまだ個人経営による専門店が多く見られました。特に、パリは各通りには1軒といってもいいほど、ランジェリーブティックが多く存在していたものです。今ではその多くが消滅してしまいました(見出しの写真はサンジェルマンにあったオーダーのシルクランジェリーとして有名だった「サビア・ローザ」)。
広いスペースに多くのブランドが羅列されているデパート(百貨店)に対し、ブティック(専門店)は規模は小さいながらも、店主の趣味や考えを反映して商品をセレクトする編集力が決め手で、クオリティの高い個性的な店が多くあったのが特徴です。
もちろんユーロ以前の通貨で、円高の時代だからフランもリラも安かった!

ランジェリーブティックが充実していたミラノ

残されたメモを見ると、1988年(2月)には、パリだけではなくミラノやロンドン、さらにニューヨークまで足をのばしています。
中でもミラノはお金持ちの住む人が多い街らしく、ランジェリーブティックも高級、しかも斬新な店が目につきました。当時、モンテナポレオーネ通りなどの高級ブティック街をを歩いている女性たちは、豪華な毛皮のコートに身を包んでいたのが印象的です。毛皮のコート姿はパリのランジェリー見本市来場者にも多く見かけられ、いかに冬のおしゃれな必須アイテムであったかが偲ばれます。

ミラノモンテナポレオーネ

モンテナポレオーネ通りはランジェリーブティックも高級店が多く存在し、「アルスローザ(Ars Rosa)」という小さなウインドウがあるだけの、いかにも特別感のあるオートクチュールランジェリーの店、またラぺルラやパスカル・マドンナ、クリスティーズ、オリジナルのナイトウエアなどの多彩な品ぞろえの「ナイロンスタイル(Nilon Stile)」(下写真)などがありましたが、今はどうなっているのでしょうか。
イタリアのおおらかなでおしゃれなブラジャーだけでなく(フランス製と異なり、サイズ展開もフレキシブル)、職人芸にあふれたシルクサテンのスリップやネグリジェにもイタリアの伝統を感じさせます。

ミラノnailon stile

イタリアはその後、フィレンツェやボローニャ、ローマにも行きましたが、店のウィンドゥ一つとっても都市によって雰囲気に違いがあり、一番斬新で洗練されていたのはやはりミラノ(さすがデザインの街!)です。その典型とも映ったのがマンゾーニ通りの「ヴァレンティーナ(Valentina)」という店で、路面のウィンドゥディスプレイに導かれるように店内に入ると、2階のランジェリーのフロアはがらーんとしたシンプルモダンな空間。マネキン数体はありますが、あとはすべて壁の中のクローゼットや引き出しの中にしまわれていて、お客の要望に応じて商品を取り出して見せるというスタイルです。ラペルラをはじめ、アルマーニやヴァレンティノといった高級なイタリアブランドを中心に扱っていました。

ミラノValentina

ミラノのモダンなランジェリー店Valentina

ヴァレンタインデーのハートのディスプレイ

当時、パリではもと食品市場だった所を再開発したレアールが、一番トレンディな地区として活気を見せていて、「アニエス・ベー」はその中心的な役割を果たしていました。
ランジェリーブティックも、新しい感覚のランジェリーデザイナーブランドとして人気があった「パスカル・マドンナ」(下写真)がここにありましたし、アルバムにはそれ以外に「エルアンソワ(Elle en soie)」という名のセレクト系ショップの写真も残っています。

パリ・パスカルマドンナ(レアール)

ちょうど2月といえば、ヴァレンタインデーの時季です。日本では男性に贈るチョコレートと相場が決まっていましたが、欧米では男女ともに愛する人に贈りものをする日として知られ、ランジェリーは男性から女性への贈り物として現在も人気があるのです。この時季のウィンドゥは赤いハートを使ったディスプレイが今も多く見られます。
下の写真は、パリ・レアールにあった「エルアンソワ」と、ロンドンの「ハーベイ・ニコルズ」。

パリElle en soie(レアール

ロンドンハーベーニコルス

また、パリの主要百貨店である「ギャラリー・ラファイエット」のランジェリー売場には、普段から男性客の姿を多くみかけました(当時、日本の百貨店は男性の出入りを禁止する婦人肌着売場もあったのですよ)。ランジェリー文化が人々の暮らしの中に根付いていることが分かります。
今ではかなり合理的、機能的にはなりましたが、ヨーロッパのランジェリー売場には、美しいものを愛する気持ちがストレートに表現されているのです。

パリギャラリーラファイエット

ここまでお読みいただき、ありがとうございます。ご興味ある方はぜひ下記もご覧ください。『もう一つの衣服、ホームウエア』(みすず書房)


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