【第0198稿】連帯責任の是非について、私なりの結論を述べます。

結論から言えば、今回の件は「連帯責任」であるべきだと思います。

何故その結論に至るのかを、出来る限り分かりやすく説明していきますが…まず大前提として、今回の件で報道されている「東海大学の野球部の部員数人(1桁)」という表現。この時点で、「個」ではなく「組織の一部(東海大学野球部員)」大麻を吸った、ということになっていますね。

これが、どうして「個人が責任を負う」ということになるのでしょうか。逆説的な考え方で申し訳ないとは思いますが、もし個人に責任を負わせるのであれば、「山田太郎(21)大学生」という感じの報道でいいんじゃないかと。

未成年なら名前を明かすことは出来ないのでしょうけど、もっと言ってしまえば「部員数人」という表現を使っており、誰がという特定が出来ないように報道されているということはつまり、マスコミも「個」に責任を負わせるつもりはない、ということでしょう。

今回の件に限らず、大学の部活やサークルで起きた犯罪の大半は「個」ではなく大学に責任がある、とされているのが世の中の一般的な考え方で、ましてや今回に関しては「寮内」で「複数人」です。

どう考えても、「個」を守るために「組織」が責任を負った、と考えるべきでしょう。この状態で「個」に責任を取らせて、「組織」は無罪を主張するのであれば、「東海大学野球部員」という表現は要らないでしょ?

持ち込んだ人が1人なのか、それとも複数人なのか分からないけど、別々のルートでそれぞれが大麻を吸っていた、というわけではないでしょう?むしろそっちだった場合、部と言うより大学どうなってんだ!?って話になると思うし。

部員同士でおっかなびっくり、勧められるがままに興味本位で試した人や、かたくなに拒んだ人、そもそも勧められなかった人、色々いるんじゃないかと。そこから外部に漏れて発覚した、と考えるのが自然かな。

だとしたら、吸う前に止められなかった同僚に責任が無いとは言い切れない限りなく小さな責任かもしれないけど、どうにか大麻を吸うのをやめさせることが出来た可能性があるのであれば、それをしなかった(出来なかった)彼らにも責任はあるでしょう。

そういう、罪の重さや多かれ少なかれ持つであろう後悔の念を、そこにいる人達で分け合って均等にしたものが、いわゆる「連帯責任」というもの。吸ったであろう1桁人数の人間に全部背負わせてトカゲのしっぽ切りのように切り離すのは簡単だけど、むしろそうした人たちを更生させるというのが社会の取るべき姿勢であって、そんな人たちを徹底的に追い込むのが社会の役割ではない

まぁ、そういう甘さが日本の良くないところなんでしょうけどね…。

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