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クチャラーおじいの体温 2024/01/01

体がスライドした気がした。二日酔いだと思う。本を閉じて目をつぶる。ディズニーランドのなんとかライドに乗ってるみたいに頭の中がゆるくシェイクされる感覚がして、コップの液体を見るとかすかに揺れていた。少し待ってからスマホの電源をつける。Xを開く。北陸で震度7。えらいこっちゃ。元日のデニーズはガラガラで、それでも遠くの近くのテーブルから地震という単語が小さなざわめきにまぎれて聞こえ始めた。タイムラインを更新するたびに被害が大きくなる気がするのに手が止められない。もうこれ以上入りませんってところまで情報を注ぎ続ければ、もっとひどいニュースが入ってきても自分の心のショックを受けたり傷ついたりする器官には到達しないでこぼれていくと信じてるから。隣のテーブルに来たおじいさんが若い女性店員に話しかけている。「知ってる?北陸で震度7。かわいそうにね。実家はそっちじゃない?大変だねー。」店員さんは困っていた。おじいは不安なんだ。たぶん一人暮らしで、身寄りもなくて、大晦日も正月も誰とも話さず過ごして。孤独でパンパンなところにこの地震。破裂するだろ。わかる。私も破裂しそうだから。少ししておじいの注文した海老ドリアが運ばれてきた。ペタン!バチン!ビタン!バチン!おじいはえげつないクチャラーだった。裸足の男児が廊下を走ってきたのかと思った。どうなってるんだ口の中。なんでそんな音色になるんだ。舌が8メートルのカメレオンおじい。不思議と心が落ち着いてきた。姿の見えないクチャラーおじいの咀嚼音が、おじいの形のサーモグラフィーに変換されていく。オレンジ色のおじい。手の先は青いおじい。生きてるおじい。あたたかいおじい。コントロールできない他者の存在を心強く、ありがたく思う。「いらっしゃいませ!デニーズへ〜〜ようこそ〜!」場違いに明るい声が響き渡る。キッチンからコーラスが追いかける。デニーズって今そんなディズニーみたいな感じなんだ。ようこそは裏泊なんだ。デニーズとディズニーって似てるんだ。今日ってお正月だったんだ。ドリンクバーでティーバッグを入れたカップにお湯を注ぐ。ボタンを押すと、カップを置いてるのと全然違う場所からお湯が出た。なんかその光景が間抜けすぎて一人で笑った。「いらっしゃいませ!デニーズへ〜〜ようこそ〜!」デニーズは悪夢を渡る方舟になって、私を夜まで運んでくれた。家に着いてからはあまりスマホを見なかった。


今日読んだ本
「遠きにありて、ウルは遅れるだろう」

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