五日目 深夜ニンニク事件簿の巻   ~9日ぶりの歩行~

 起床。今日は腰はあんまり痛くなかったけど、眠りはちょっと浅かった。目を覚ましても、ボーっとした心地よい眠さがしばらく続いてる。
 ただ、昨夜に日記を書いていたら突然マウスの電池が切れたので、今日は朝一でコンビニに行かなくてはならなかった。電池って意外と高い。

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 いつまでも膝が伸ばせないのも不便なので、ちょっとずつ伸ばしてみることにしてみた。 「これ以上伸ばすと痛い」というポイントで足を止め、慣れたら2㎝だけさらに伸ばす。ちょっとでも距離を見誤ったら即激痛が走る緊張感。これだよこれ。このヒリヒリ感が俺の野生を研ぎ澄ます。入院していると感じられない、このリスクがたまらない。

 そんなアホなことを一人で勝手にやっていたら、例の医者が来た。今日はニヤニヤ成分少なめ。
 いつも通り包帯を外して患部を見せると、突然「抜いちゃうか」と言われ、足に入っていたドレーン(足の中の膿を出すための、チューブ的なやつ)を抜くことに。
 一昨日に「二日後抜くかも」ということは言われてはいたが、余りにも唐突過ぎる。
 

だってここ普通に病室だぜ、先生!しかも相部屋の。


「こんなのちゅるっと抜いちゃうだけだから。」じゃねーんすわ。相変わらずここの病院は、治療行為に対しての覚悟の時間が余りに短い。ドローンの電池が持つ時間ぐらい短い。

 でも、ホントにあっさりドレーンは抜けた。ズルっと出てきたドレーンは以外にも長く、多分10㎝はあった気がする。外側に出ていたのは1.5㎝ぐらいだったので、意外な全貌に驚きが隠せない。人は見かけでは分からないというが、それを実感する。

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 さて、ドレーンも抜けたことだし、最早俺の足を止める者は誰もいない。もう痛みもないだろうから、そろそろ痛くて伸ばせなかった足を伸ばしてみるか______。

 …あれ、伸びない。一瞬ちょっと焦る。
 何というか、膝に力が入らない。めちゃくちゃしびれた後みたいに、制御が効かない。まあでも当然と言えば当然なのかも。ここ5日間、全く足を伸ばさずに生きてきたんだもんな。全く、人間の環境に対する変化の早さには驚かされるぜ。
 落ち着いて、少しずつ伸ばしていったらようやく足は伸びた。スネの方の筋肉に張りがあって、なかなか上手く動かせなかったみたい。足がまるで化石になっていたような気持ちで、少しずつ動かせるようになっていくのが楽しくてたまらなかった。

久々に伸びたヒザ。ヒサビサヒザ


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 ちょっとずつ動かす訓練をしていき、20分くらいしたらなんとか歩けるようになった。
 
 入院している間は勿論、入院する数日前から松葉杖だったので、実に9日ぶりに歩いたことになる。
 まさか歩くことがこんなに楽しいとは!!!!!
 余りにも楽しすぎて、病棟を無意味に暫く歩き回っていた。移動はずっと車椅子だったので、身長も高くなった気分だ。

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 トイレも歩いて行けるし、風呂も昨日より百倍楽に入れる。二本の足でちゃんと立てるというのは、こんなに素晴らしかったのか。
 私の体は至極単純な構造でできている様で、心配事が一つ減った途端にめちゃくちゃ腹が減るようになった。夕食がまだかと待ちわびる。
 夕食たちが運ばれてくるワゴンが、廊下の隅っこに見えた!!来た来た来た!!!

 今日はチキンのソテー的なやつ。美味い。

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 夕食が終わって数時間たった。しばらく悩んだのだが、もう俺は耐えきれない。
 現在夜の十時半。罪の重さはハッキリ分かっているが、俺はもう止まれない。だって…

 


コイツが俺を呼んでいる。

だってしょうがないじゃないか!!病院の飯は旨いが、やっぱりどうしても量が足りない。昨日コンビニで目が留まり、思わず手を伸ばしてしまったのが運の尽きだった。もう逃げられない。俺はただ食欲に身を任せるしか、ほかに仕方がなかったのだ。

 とりあえず、外側の透明なシートを剝がす。爪を立てて底の部分を破り、そこからペリペリ剥がしていく。

 

あ、だめだこれ。くっっっっっっっっっさい。

まだ蓋は一ミリも開けていないというのに、部屋にニンニクの香りが漂う。
 お湯だけ入れたら病室で食おうと思っていたのだが、これは流石に周りの人の食欲を呼び起こしすぎる…。仕方なく、夜もあいているらしい共通スペースのデイルームに向かう。

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 デイルームは私の病室から最も遠い場所にあり、そこまで向かうためには看護師さんが常に駐在しているステーションの横を通っていかなければならない。

位置関係↓

   ☆

 ステーション

   ◯            

☆…デイルーム
◯…病室

 グルっとステーションの外側を回り、対角線上まで行かなくてはならないのだ。

 この大罪がバレたら流石に怒られそうなので、足音を立てず、コソコソとデイルームに向かうことに。

間違いなく病院でやることじゃねえ。


 ステーションには…看護師さんが二人。夜勤ご苦労様です。ちょっとコッソリ通りますね____


___バッチリ目が合った。

怪訝そうな表情がこちらを見つめる。そりゃそうだ。起きてていいとはいえ、消灯時間はとっくに過ぎてんだもん。
 しかし俺だって、なんの対策もせずにここまで来た訳じゃあない。こうなった時の作戦ぐらい考えている。
 刮目せよ。これが俺の__

 

ハイスピード会釈&早歩き


だ。

この時、いかに「何事もない」感を出せるかがポイントとなってくる。

急いで通らねばなるまいが、慌てた感じは出してはいけない。会釈とともに微笑めれば、尚よしである。

 よし、ステーション突破。取り敢えず関門は切り抜けた。どこかで突然何かのアラームが鳴った。自分に関係がないと分かってはいるにしても、ちょっとビックリする。

 そんなこんなでデイルーム到着。「あいている」と聞いていたのでてっきり夜も明かりがついているのかと思っていたが、普通に真っ暗。自販機だけが青白く光っている。
 なんにせよ、あまり長居はできない。巡回の看護師さんが通るかもしれないし、便所に起きてきた爺さん婆さんを驚かせるのも申し訳がない。早速蓋を剥がし、お湯を注いだ。

 世界一長い三分間。早く食いたいワクワクと、バレないか不安のドキドキが更にラーメンを刺激的にする。

 三分経った!!!写真を撮ろうとしたが、周りが暗すぎてあまり上手く撮れない。自販機の方へ行き、その明かりでラーメンを照らす。

 繰り返しになるが間違いなく病院でやることじゃない。


 さて、写真も撮ったことだし食べよう。猫舌が不安だが、そんなことは構っていられない。四の五の言わず啜れ!!と悪魔が叫ぶ。
 そして、久々のジャンクを 食らう!!!!!!!!!

うっま!!!!!!!!!!

こりゃ美味い。そりゃあ皆深夜にラーメン食う訳だ。背徳感と罪の意識が余計に美味く感じさせる。
 あっという間に麺を啜り切ってしまった。どうしよう、スープを飲まずに我慢すればまだ人間のままでいられる気がするが…。でもどこに捨てればいいのかわかんないし…。

 まあ飲むよね。美味い。

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 そんな訳で完全犯罪にも成功し、私は自室へと戻っていった。明日あたり、警察病院にお引越しになってもしょうがない。目を覚ましたら機動隊に包囲されているかも。
 ただ、後悔はしていない。人は生きていたなら誰しも、罪をかぶってでもやりたいことが生まれてくる。私の場合、それが今日だったというだけだ。

 まあそんな感じで今日も一日が終わった。退院に向けて、少しずつ流れが向いてきている。今日はこのぐらいで寝よう。
グッナイ。


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