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なんきちさん


きのうも夕暮れ時になってから
しぶしぶ散歩へ出かけた。

近所の公園で落ち葉の上を歩いて
ああ落ち葉のなかごろんごろんしたいわ
うずうずしていたら

道路を挟んだ向こう側にキツネがいた
何かにんじんみたいな物をくわえて
びくびくしながら歩いている
痩せて 冬毛と夏毛がところどころ混じってる
バサっとした毛並み

ここから山まで戻るには交通量の多い道路を
あと3回も渡らなければならない

どうか無事でいて
車にひかれませんように
怖いニンゲンに見つかって
怒鳴られたり
石ぶつけられませんように
誰にも見つかりませんように

痩せ細って空腹だろうに 食べ物を
くわえたまま歩いてく

子どもたちと食べるのかな

どうか 熊もたぬきも鹿も
ニンゲンに見つかりませんように

私たちニンゲンは
野生動物の暮らす場所を奪って
自然環境を壊しておいて
それでもまだ、満たされないでいるんだよ
ごめんなさい

家に帰ると新美南吉の詩を読んだ

「墓碑銘」

この石の上を過ぎる
小鳥たちよ、
しばしここに翼をやすめよ
この石の下にねむってゐるのは
お前たちの仲間の一人だ
何かの間違ひで
人間に生まれてしまったけれど
(彼はそれを一生悔ひていた)
魂はお前達と
ちつとも異らなかった
何故なら彼は人間のゐるところより
お前達のゐる樹の下を愛した
人間の喋舌る憎しみと詐りの
言葉より
お前達の
よろこびと悲しみの純粋な言葉を愛した

彼には人間達のやうに
お互いを傷つけてあつて生きる勇気は
とてもなかつた

彼はこの墓碑銘を
お前達の言葉で書けないことを
ややこしい人間の言葉でしか書けないことを
返す返す残念に思ふ

新美南吉 「墓碑銘」より抜粋