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「奇特な病院」褒めたい科

※連作短編小説ですが、1話でも完結します。

第28外来:褒めたい科(担当医 富士薫子)

 私は、あなたをただ褒めたい。
「身体を壊しながらも、働いて、家では食事の用意をして、家族は当然という顔をして、食べるんです」
 そんなひとは、一人や二人じゃない。褒めたい科をやっていると、本当に苦労している人に出会う。
 褒める言葉は、案外選ぶのに苦労する。
「頑張ってますね」
 だと上から目線に聞こえたり、
「よくやってますよ」
 だと、偉そうに聞こえたり。
 シチュエーションを考慮しなければ、患者さんは、せっかく褒めたい科に来たのに、ほんとうの苦労をわかってもらえないとまた心を閉ざしてしまう。
 その間違いを私も何度もおかした。来なくなった人も多い。
「いくら人のために尽くしても、ちっとも報われないし、絶望を感じます」
 という宮下さんに、私は言った。
「そうですか。私には、頑張ってるように見えるし、お話を聞いていて、宮下さんの生き方はとても素敵だと思います」
 今では褒めることを意識しすぎずに、思ったことを口にするようにしている。短い時間で誰かの人生を全肯定するような名文句を言うことは、私にはできないと悟った。
 そんな中でも私がよく使う言葉がある。
「素敵だと思います」
 誰がなんと言おうと、あなたは素敵なあなたであると、それだけ伝えられたら、この褒めたい科は成功のような気がして。まだ正解かはわからないけども。
「あなたの人生は、苦労しているかもしれないけど、素敵な人生です」
 それだけ伝えたくて。
 生きているだけで、よくやってると思うし、何か苦労しながら、生きている様子は、本人は大変かもしれないけど、とてもすがすがしい。
 自分の人生をただ肯定して生きていけるだけで、素敵だと思う。
 どんな人生だって褒められるべきだし、私だってよくやってると思う。
 患者さんが、
「あれもこれも大変なんです」
 とおっしゃる。
 結果や周りの人のことは私はわからないけど、きっと自分が頑張ってると思うなら、気休めでも、私が「素敵な人生である」と伝えて、ひたすらに褒める。
 どうか今は、つらくとも素敵な人生を。

 お大事に。

(第29外来は、わがまま言っちゃっていい科です)

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