「奇特な病院」失敗したくない科
※連作短編小説ですが、1話でも完結します。
第4外来:失敗したくない科(担当医 江森ゆかり)
そもそもずっとメニューとにらめっこして、一緒に行った人がすぐに注文しようとしても、メニューを選べない人がいる。
その人が選べない理由を考えてみたら、食事のメニュー選びに失敗したくないんだわと思った。
だから、この科は、院長に私が提案した。失敗したくないとあらゆることに怯えている人の助けになれたらと思った。
失敗したくない。誰もがそう。
失敗したい人なんかいない。なぜなら、嫌な気分になるから。苦しい思いをしなくてはならないから。
最初、私は、失敗しないためのアドバイスに注力した。
「よく考えて、他人の意見も聞きなさい」
自分で提案した科なのに、当たり前のことしか言えなかった。
それでもやめるわけにはいかなかった。
「受験に失敗したくないんです。どうしても親が行けという高校に入らなくてはならないのです。どうしたらいいですか」
そんな類の相談ばかりだった。
私は、そこでも当たり前の答えを繰り返した。
「親御さんとよく相談してね」
でも、ある日、こう患者さんに言われたの。
「そんなアドバイスでは、ここに来た意味がありませんでした」
そうよね。交通費、診療代などお金をかけてここに来るのに、意味がなかったと言われた。ショックではなかった。うすうす自分でも気づいていたから。
さらに私は、失敗したくないメカニズムについて考えることにした。
もし失敗したらどうなるか。
よくよく考えてみたら、そんなに失敗しても、おおごとにはならないんじゃないかって気がしてしまった。
お金にまつわる失敗や受験、就職面接。
いろいろあるけど、私が相談に乗れることは、失敗したくない気持ちをどう処理してあげるかということで、投資自体のアドバイスをすることでも、受験自体のアドバイスをすることでもないということに気づいた。
そう考えると、失敗したくないというのは、感情論だと思った。
だから、そんな人は、頭の中が失敗してしまうかもしれないことでいっぱいになってるから、まず最初に、
「深呼吸してください」
と伝えた。
それから話に耳を傾けた。
「これから起きることなど、誰にも予測はつきません」
そう伝えてから、
「失敗しても、必ず終わりが来ますから」
と付け加えた。
私は、失敗のメカニズムを考える中で、その出来事自体に着目するより、失敗した後にどうリカバリーできるかということを一緒に考えることの方が重要だと思った。
そして、リカバリーを考えることで解決できることも少しずつ見つけられるようになってきた。
そこで、どうしても解決できない誰にもわからない問いもあった。
「人生に失敗したらどうするか?」
死期が近づいたときに、失敗だったと気づいても、もうどうにもこうにも取り返しがつかない。
私なりに私のしてきたことが失敗かもしれないと思いながら、死ぬとしたらどうするかと考えた。
そのときは、一人ぐらい葬式でぽろりと泣いてくれる人がいたらいいと希望を持って死んでいこうと。
それまでは大抵のことは、リカバリーをして、エラー&トライだと思った。
失敗を怖がる人に、
「失敗しても大丈夫だよ」
なんて気軽なことは言われすぎて、ここに来る。
言葉は伝え方が重要で。
「失敗してから、またここに来てみませんか」
まだまだ半人前の担当医ではあるけども。一緒にとにかく考える。エラー&トライを繰り返しながら。
お大事に。
(第5外来は、非推し活科です)
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