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「奇特な病院2」涙こらえて科

※連作短編小説ですが、1話でも完結します。

第9外来:涙こらえて科(患者 慶福あさみ)

 あのときは、涙を流さなかった。
 涙をこらえたけど、悲しくなかったわけでも、さみしくなかったわけでもなかった。
 不幸が立て続けに身に降りかかり、どこに行っても、自分が必要とされていない気がして。
 消えてしまいたかった。
 誰かに話して解決する内容の相談なら良かったけど。
 あまりに不幸が重なりすぎて、どの出来事が私を悲しませているのかさえ自分ではわからなかった。
 涙こらえて科を知ったのは、一番つらい時期から約10年の時が経ってからだった。
 自分の身に起こっていることを正確に把握できている人ってどれだけいるのだろう。
 きっと私は、誰の前でも涙を見せなかったとき、誰かに、
「涙を流せばいいと思ってるでしょ」
 と思われるのではないかと怖かった。自分の惨めさを認めるのも怖かった。だから、こらえた。あのとき、蓋をした感情が、10年の時を経て、今、私の悲しみの感情を呼び覚ます。
「どんなときに涙をこらえたのですか?」
 診察室に入ると、すぐ聞かれた。
「ずっと、ずっと、こらえていると思います」
「原因は知りたいと思いますか?つらい作業になる場合もありますが」
「どうしたらいいですか?」
 自分でどうしたらいいかわからなくて、相談に来ているのだから、一緒に考えて欲しかった。
「そうですね。どうして涙をこらえたのかと相談にこられた場合、解決する方法が、大きく2つ方法があります。つらい記憶を掘り下げて、傷をえぐるぐらいに、突き詰めていく方法が1つ。この方法は、かなり荒療治ですが、治りは早い場合があります。まっ、人によるのですが。2つめは、ゆっくり直接の原因には触れずに、私がひたすら話をうかがって、ゆっくりと治す方法です。これはかなり時間がかかるのです」
「そうですか。どちらもつらそうですね」
「そうですね。アドバイスするとしたら、あんまり涙を流したとか、涙をこらえたとか考えすぎないことです。私がこないだ涙したのは、自分の境遇と同じドラマを見ていて、その時の感情がありありと思い出されて、泣けたのです。涙こらえて科を受診される方は、泣くことを怖がりすぎているように思います。泣きたいときに泣けばいいんですよ」
「私、泣いていいですか?」
「いいですよ。もちろん」
「また来ます。それまでに私が涙をこらえ続けてきた気持ちにも勇気を出して向き合ってみます」
「無理しないで」
 そして、先生は、静かに優しく言った。

「お大事に」

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