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「奇特な病院」本音が言えない科

※連作短編小説ですが、1話でも完結します。

第31外来:本音が言えない科(担当医 松山きい)

「ほんとは、ずっとトマトが嫌いだった」
 と、もし長年、夕飯にトマトを出し続けていて、死ぬ間際に、大切な人にそう言われたらと思うと、ぞっとしてしまう。
「なんで今まで言わなかったの?」
 という、とてつもない疑問を残したままにその人は、息絶える。

「なんで言ってくれなかったの?」

 そう言われたことはないだろうか。
 なぜずっと本音は言えなかったのだろうか。
「好きなものはきゅうりで、嫌いなものはトマト」
 それぐらい一緒に生活する人や友達になら言えそうなものである。
 相手が、自分が喜ぶと思ってトマトを出してくれているのがわかるから、ますます言えなくなったのだろうか。
「ほんとは」
 その続きが聞きたい。大事なことだ。
 本音で話をしようと言う人がいるけれども、本当に人が思っていることすべてを伝えてもいいのだろうか。
「あのとき、ほんとは、香水の匂いがきつすぎて、嫌だった」
 なんとなくどうでもいいことのようにも思うが、本音というのは、人を傷つけるのか。
「あのとき、好きと伝えれば良かった」
 終わった初恋の話をする患者さんもいる。
 もう昔のことなのだろうと推察しながら、こちらは聞くけども。
 本音が言えない科にやってくる人は、本音を言えなかっただけではなく、本音を言えなかった後悔とともにやってくる。
 これから続くことならば、どうして言えないかを一緒に考えることもできる。
 でも、もう相手が亡くなってしまっていたり、今更どうしようもできなかったりする。後悔の渦の中にいて、苦しそうだ。
 本音は言えるなら、言った方がいい。その方が、気が楽だ。思い悩む必要もない。
 どうしても言えない本音ならば、悩むだけ悩むがいい。
 しかし、なんでもかんでも言ったからと、人間関係は良くなるわけではない。
 人との距離感というものも大事である。バラ色の本音だけとは限らない。
 しかし、周りに遠慮して、誰にも自分の本音を打ち明けられないのは、苦しいと思う。
 そんなときは、この本音が言えない科を受診してください。
 一緒に考えましょう。
 何度でも。話にお付き合いします。
 誰かに話せば楽になることもありますから。

 お大事に。

(第32外来は、こんな目にばかり科です)

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