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「奇特な病院」人の顔色を読んでしまう科

※連作短編小説ですが、1話でも完結します。

第23外来:人の顔色を読んでしまう科(担当医 額田久美)

 私は、母親の顔色を見ながら、生きてきた。
「あのおもちゃを買って欲しい」
 と言って、母の顔色が変わり、眉間にしわを寄せられると、私はすぐに、
「ほんとは、欲しくなかった」
 と下を向く。
 その代わりに母親が、
「これ欲しかったでしょ」
 と他のおもちゃを渡される。
 私は、特に欲しいおもちゃじゃないのに、
「こっちが欲しかった」
 と嬉しいふりをしてきた。
 その方が、ずっと私を囲む世界が平和に進むからだ。
 友達ともそう。
「オムライス食べに行こう」
 と私が言う。
「えーパスタがいい」
 友達に即座に合わせて、
「そうだよね、私もパスタがいいと思ってた」
 誰かが不機嫌にならないように、怒らないように、相手の顔色ばかり気にしてしまう。
 医者になることもそうだ。ほんとうは、看護師の方に興味があった。医者より近くで患者さんの関われるのではないかと思ったからだ。母親が許さなかった。
 この科より、もっとやってみたい科もあった。でも、余りもののようなこの科を担当することになった。
 患者さんと話していても、それは変わらない。
「お父さんの顔色を気にしてしまう」
 すごくわかる。そう訴えてこられる患者さんの話を聞きながら、自分のことのようで、心がいつも痛い。私の悩みも増える。きつい。
 どうやったら人の顔色を読まなくなるのか。ほんとはこっちが教えて欲しい。
 こちらが話しているとき、不機嫌を隠さない人がいると、落ち着かなくなる。
 他人の顔色を気にするのは、自信がないこともあるけど、他人と仲良くやりたいという優しさだと。相談にこられるのは、優しい人が多い。
 だから、私もあなたも人の顔色を気にする。
 気にしなくていいと言われても、思考のくせだから。
 優しい人よ、悩んでいる者同士仲良くやっていきませんか。

 お大事に。

(第24外来は、話が通じるっていいな科です)

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