「奇特な病院」話が脱線する科
※連作短編小説ですが、1話でも完結します。
第10外来:話が脱線する科(担当医 小島総一郎)
この科にやってくる人の話の着地点は見えない。
たぬきの話から始まったのに、今や電子レンジの話に移り変わっている。
あえて話を戻そうとは思わない。
ここにやってくる患者さんは、ある話を始めると、途中であれも言いたかったとつながっているようでつながっていない話を延々と続ける。
ここの患者さんはおもしろい人が多い。全く悩んでいない。
僕も楽しく仕事をさせてもらっている。
「それってこの間の!」
なんて相槌をとても喜んでくれて話を続けてくれる。
しかし、患者さんと僕が楽しくても、隣にいるご家族は、渋い顔をしていることが多い。
「なんでたぬきの話が、電子レンジの話になるのよ」
隣にいるご家族は、冷静だ。いらだっている。
患者さんは、サービス精神旺盛で、僕を楽しませてくれる。誰かへの非難は聞いていて疲れるけども、脱線する人は、楽しかった話を続ける人が多い。
何か文句や不平不満を言いたい人は、話が脱線する科を受診しない。
そもそも話が脱線する人は、脱線していることに気づいてない。
家族が連れて来る場合は、患者さんご本人とまじめな話がしたいのに、全く嚙み合わないのが悩みだとおっしゃる。
話が脱線する人は、話し相手にまじめな人を選ぶより、同じように話が脱線する人と話してみるのがいい。
僕は、思う。
「話に意味なんか求めるな」
契約や決断が必要などの重要な話は、患者さんもちゃんとやるだろう。事務的にすればいい。決められたことができない人は別の科だ。紹介状を書こう。それ以外は、ほっと一息つけるような話を。
それ以外の日常なんかそんな力を入れなくていい。
だって話なんか脱線してもしなくても、多くの場合、半分も伝わっていない。
そう思う方が気楽だ。
オチのある話を求める人は、脱線する人とは相性が悪い。
蟻の話が、宇宙の話へつながる。
そんな壮大な脱線話は、ただ聞き流せばいい。
話ではなくて、何か作業をしなければならないのに、他のことを思いついて、ちっとも作業が進まない人がいる。
そういう人にも、他の科をおすすめする。話が脱線する科の患者さんより、作業の遅い人には、周りの人はもっと困っているはずだから。
そういう僕も朝を食べ忘れて、スポーツに夢中になっていた。
リラックスして、話が脱線する人の思考の道筋を笑ってあげよう。
話が思いついて止まらない人を笑ってあげよう。今度は、そこにつながるのかと。
話はまじめに聞いてあげなくていい。
たぶん患者さんも自分で何を話したかなんて覚えてないから。
お大事に。
(第11外来は、うっかりさん科です)
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