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「奇特な病院」暇科

※連作短編小説ですが、1話でも完結します。

第27外来:暇科(担当医 日野誠)

 暇と名乗っているから、暇科は、暇だと思われがちだ。
 しかし、多くの人の期待を裏切って忙しい。
 いかに暇を持て余し、その時間をどう過ごしたらいいかわからないという人が多いことに驚く。
 院長に、
「暇で困っているひとたちがいるから、暇科を作りましょう」
 と提案されたとき、俺は、正直、暇になるだろうと思っていた。
 ちょうど書きたい論文もあったし、自分のペースで仕事と論文が同時にできるなら、もってこいだと思った。
 しかし、結構暇科は大方の予想に反して、繁盛している。
 まず患者さんは、一言目にこうおっしゃる。
「暇です」
 そこから先の相談には、個性が出る。暇ですが、お金もない。趣味がない。会ってお茶するような友人がいない。
 俺は、こうたずねる。
「最近、一番笑ったことはなんですか?」
 患者さんは、俺がそう言うと、大抵はっとした顔をされる。
 そんなことを考える暇はあり余るほどあったのに、考えもしなかったとおっしゃる。
 みんな暇かどうかにとらわれすぎている。
 人生を楽しむのは、暇か暇じゃないかではない。
 もっと喜び、笑い、楽しむためのものだと思う。
 俺のように書きたい論文のことで頭がいっぱいになれとは言わない。
 もう少し俺は休んだ方がいいと思っている。
 常に何かに追われているというのも、結構つらい。
 休みは取った方がいい。でも、暇すぎても困る。
 人生ってうまくいかないよな。
 自分の人生に必要だと望んでいるものをちゃんと手に入れられている人ってどれぐらいいるんだろうな。
 暇で悩まれている人の中には、暇だから、どうしても悪い方向へと思考が働いてしまう人も多い。
 そうじゃないんだ。きっとあなたの人生は、楽しむためにある。
 だから、どうか暇かどうかより、笑ったことに注目してくれ。
 暇をつぶすだけではなく、人生は楽しむためにある。
 また暇なら、暇科にどうぞ。だって暇科なんですから。
 話なら聞きますよ。

 お大事に。

(第28外来は、褒めたい科です)

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