「奇特な病院2」わがまま言っちゃっていい科
※連作短編小説ですが、1話でも完結します。
第29外来:わがまま言っちゃっていい科(患者 辺志切しのぶ)
「あのお人形が欲しい」
子供の頃、親に気を遣って、その一言が言えなかった。裕福な家庭ではなかったから。
友達が持っているものすべてが羨ましかった。
今は、自分で買えるようになったけど、本当に欲しいものは、手に入れられてない。
今の恋人は、他人のもの。
「私、あなたの家庭が欲しい」
絶対言ってはいけない。
でも、私もいい年だから、そうそうあなたに付き合ってもいられないの。
だから、私、一大決心をした。
そう、あなたと別れることにしたわ。
今もほんとうに欲しいものは手に入れられないまま。
友達を見ていても、思うのは、欲しいものは、欲しいって言わないと手に入らない。
夢も、彼も、すべてね。
あなたは、私との別れをすぐに了承した。
せいせいしたと思っているんでしょうね。こんな私だから。
数か月、やけになって過ごしてみたけど、ばかばかしくなって、新聞を見ていた。
クイズ欄も制覇して、ふと下の広告に目が留まった。
「わがまま言っちゃっていい科」を見つけたの。
すぐに受診予約をした。すぐ予約は取れた。
待合室で待っているとき、先生に何を話そうか私なりに考えていた。
私が診察室に入ると、先生は言った。
「何を我慢していたんですか?」
私、その言葉を聞いたら、ぼろぼろと泣き出した。
先生は、ティッシュを差し出して、
「ゆっくりでいいですよ」
と言った。
そして、すぐ泣き止もうと思ったんだけど、涙が止まらなくて、先生は言った。
「こりゃ、重症だな」
私は、なぜか笑い出して、
「わがまま言っていいですか?」
と言って、もう一枚ティッシュをもらった。
先生は、
「何枚でも使っていいよ」
と私の涙の量を見て言った。
そして、落ち着くと、散々私は、自分の人生の顛末を話して、先生はうなずきながら聞いてくれて、最後に言った。
「お大事に」
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