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「奇特な病院」わがまま言っちゃっていい科

※連作短編小説ですが、1話でも完結します。

第29外来:わがまま言っちゃっていい科(担当医 平家定一郎)

「あれが欲しい」
 そう言えない人がいる。
 何かを欲しがるわがままを言うことをためらう人がいる。
 その一方で、
「今まで欲しいものはすべて手に入れてきた」
 という人がいる。
 人生というのは、不公平なものなのかとも思う。
 なぜ欲しいものを欲しいと言うことができないのか。
 遠慮か?恥だと思うのか?
 俺は、この科を担当するようになって感じていたことがある。
「わがままと思わずに、言えそうな相手だと判断するならば、まず言ってみたらどうか」
「そんなことはできない」
 と患者さんはおっしゃる。
 でも、言えなかったと悲しみの中に沈むくらいなら、少々の恥ぐらいかいてみたらいいんじゃないかと思う。受け入れるか受け入れないかは相手が決める。
 人と人の間には礼儀というものがあることは、俺も理解している。
 でも、この科を受診する人たちは、わがまま放題何かをしたいわけではない。
 ほんとうのわがままな人は、自分でわがままを言ってるかどうかなど認識していない。
「これはわがままですか?」
 と聞くぐらいなら、相手に自分の気持ちを告白してみたらどうだろうか。
 それも真面目に言うのが、無理なら、冗談を交えて。
「今すぐ会いたい」
 恋人にそう告げてもいいのかと悩む女性もいる。
 俺にはいじらしく感じる。いいじゃないか。
 俺は、答える。
「それがわがままかどうかは相手が決めます」
 女性は、自分で最後は言うかどうかを決断する必要がある。
 恥ずかしさなどの心の葛藤に打ち勝つ必要がある。
「世界中のパンを集めてきて」
 という絶対無理なわがままを言う訳ではないのだろうから、少々のあなたの考えるわがままぐらいかわいいものだと思う。
 だってわがままかどうかにあなたは悩んでここに来るくらいだから、きっとそんなにおおごとじゃないのだろう。
 多少のわがままは許されていい。いじらしいぐらいだ。
 あなたのわがままがどうか受け入れられますように。
 世界中のパンは無理でも。

 お大事に。

(第30外来は、あったまる科です)

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