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「奇特な病院2」本音が言えない科

※連作短編小説ですが、1話でも完結します。

第31外来:本音が言えない科(患者 桝田誠也)

「こうした方が良くなると思います」
 と言うことができない。
 仕事でも他人の意見を優先してしまう。
 他人からすれば、場の空気だけ読む男として見られていると思う。
 子供の頃からこの性格は変わっていない。
 ずっと、ずっと、「自分の意見はこうです」と宣言できてない。
 だからって、今の仕事に不満だらけということでもない。
 他人の意見をよく聞きすぎる僕は、まぁ、先輩にもかわいがられて、後輩にも好かれている。同期からは、どうでもいいやつだけど。
 このままでいいのかなとは、ずっと頭のどこかで考えていた。
 でも、自分の意見の答え合わせをする術はない。
 ある日、奇特な病院の特集を組んでいるニュース番組がやっていて、それを何気なしに見ていた。その中に、「本音が言えない科」があった。
 先生は女性だった。
「お話を聞きます」
 と先生の明るい声でその番組は締めくくられていた。
 僕は、すぐに受話器を取り、予約を取り付けた。でも、予約は取ってみたものの、自分の本音もどこにあるかわからないぐらいに、他人の意見ばかり聞いてきた僕には、自分が本当は何をしたいのかさえわからない重症だった。
 診察室に入ると、テレビで見た先生がいた。
「本音が言えませんか?」
「はい」
「どんな本音を言いたいかはわかりますか?」
「いえ、それがわからないんです」
「重症ですね」
「はい。すいません」
「謝ることはありません。一緒に見つけていきましょう。ここの扉をノックしたのは、あなたの隠れた意志ですよ」
「そうだといいのですが」
「弱気にならないで、一緒に見つけましょうよ」
「ありがとうございます。先生、独身ですか?」
「あら、それは、本当に聞きたいことなんですか?」
 先生が笑い出した。冗談だと思ったみたいだった。
「結婚しています」
 と先生は答えると、つまらない僕の話を最後まで聞いてくれて言った。

「お大事に」

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