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「奇特な病院2」ここから突き進む科

※連作短編小説ですが、1話でも完結します。

第21外来:ここから突き進む科(患者 名倉祐介)

 1週間後にバスケの試合があって、それが高校時代最後の試合になるかもしれない。
 負けたら終わりのトーナメント戦。
 高校時代の全てをそこにかけてきた。やるしかないんだ。
 でも、どうも手の調子や腰の調子が悪いような気がする。
 ちょっと怖かったけど、検査してもらったら、少し調子は悪いようだが、試合を休むほどではないとの診断が出た。
 俺は、それを誰にも言わなかった。
 だって試合に出れることは出れるのだから、少し調子の悪いことぐらい言わなくてもいいじゃないか?
 これは、今の俺の青春だろ?
 高校時代を最高だったと言うための試合なんだ。
 この試合を勝てたら、その後の人生もうまくいくような気がする。
 ここが勝負なんだ。ここから突き進んで行くさ。
 でも、俺さ、メンタルに問題があってさ。すぐ弱気な自分が出てきてしまうんだ。メンタルが、チームのみんなには気づかれないようにしてるけど、よわよわなんだ。
 父親も母親もそれが重々わかってるみたいで、整形外科に連れて行くときにも心配してたけど、それよりメンタルの弱さの方をずっと心配してて、その心配がひしひしと伝わってくるんだ。
 それでさらに俺は落ち込むんだ。
 父親が、新聞広告を見ていて言った。
「お前にぴったりの科があるじゃないか」
「はぁ?」
「ここから突き進む科っていうのがあるぞ」
 父親はすぐに財布を出して、診察代を俺にくれた。
 予約は母親が取ってくれて、俺は、今、待合室にいる。
 診察室からは何か物凄い声が聞こえてきて、俺は、ビビってる。
 待合室にいる人たちも、気合の入り方が違う。俺、場違いなんじゃないか。
 そんなことが頭をよぎる。
 診察室に入ると、先生の頭には「必勝」のはちまきが巻かれている。
「突き進みたいことはなんですかー」
 凄い勢いで聞かれた。俺もつられて大きな声になる。
「バスケの試合で勝ちたいんです」
「いけますか?」
「えっ?」
「バスケの試合でいけますか?」
「はい。頑張ります」
 俺は慌てて答える。
「ここから突き進みましょう」
 先生が大きな声でそう叫ぶと、そこにいる全員の看護師さんが言う。
「GO!GO!GO!」
 俺は圧倒されたまま、診察が終わった。あっという間だった。
 なんとなく頑張れそうな気もしないわけでもないが、圧倒されっぱなしだった。
 俺は帰りのバスの中で考える。
 やる前から気持ちで負けてちゃだめってことだよな。あの先生も看護師さんたちもばかげているかもしれないけど、俺を本気で応援してたなと俺は自分を奮い立たせた。
 最後の先生の大きな声が今も耳に残る。

「お大事にー」

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