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「奇特な病院2」ぐっとこらえる科

※連作短編小説ですが、1話でも完結します。

第25外来:ぐっとこらえる科(患者 野上すいか)

 小さいときから、ずっとそうだった。
 人より目立つと、仲間はずれにされるし、いつも心のままの言葉を発すると嫌な顔をされた。だから、問題の正解がわかっても、ぐっとこらえて言わなかった。
「ああ、こうすればいいのにな。ああした方がいいのにな」
 他人のことで、心の中で思ったことは腐るほどある。でも、人には言わなかった。
 言わないのが、いいのか。言って煙たがられるのがいいのか。
 そうやって生きてきたから、就職は自分がいかせる職業と意見の言いやすい職場であるかどうかが大事だと思ったけど、そんなの企業説明会や面接でわかるわけがない。
 大体、いくらでもアイデアを出してくれと言われて、出しても、上司に受け入れる懐の深さがなければ、通り過ぎるだけだし。
 結局、自分の手柄にしたいだけって話じゃないかと。
 最近冷静になって、そういえば、けんかや言い争いを避けて、ぐっとこらえる場面が多かったなと思った。
 女性活躍と言っても、本当に活躍したら、足を引っ張られる世の中で。
 感情的になれば、それは、こちらの敗北で。
 ぐっと本音はこらえた方が、その場はうまくおさまることの多い世の中で。
 本音をぶちまけて、ややこしくする勇気のない私が。
 「ぐっとこらえる科」の受診を決めた。
 先生も女性だった。私の問題がすぐ解決するとは思わなかったけど、せっかく受診する勇気を持ったのだから、なんとでもなれと思った。
「どうされましたか?」
「何から話せばいいでしょうか」
「ここは、ぐっとこらえる科なので、こらえてきたお話しましょうか」
「ずっとです。ずっと」
「ずっと?」
「そうです。ここに来るまでずっとこらえてきました」
「ぶちまけたくなったのですか?」
「そうです」
「さて何からぶちまけますか?」
 先生はにやりと笑った。
 きっと先生も、ぐっとこらえてきた人なんだと思った。確信を持ってそう思った。
「なんで人のことを認めようとしないバカばっかりなんでしょうね」
「そう思うんですか?」
「はい」
「そうですか」
 先生は、自分の意見はあまり言わなかったけど、表情から私の考えてきたことと同じようなことを思ってるのが伝わってきた。
 最後に先生は言った。

「お大事に」

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