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「奇特な病院2」不安に寄り添う科

※連作短編小説ですが、1話でも完結します。

第19外来:不安に寄り添う科(患者 寺田とくと)

 私が不安なのは、鍵を失くすことと鍵をかけ忘れること。
 それに他にも、もし親が死んだらとか、もし私の大事な誰かが死んだらとか。不安は尽きない。
 一つ不安になったら、どんどん不安が膨れ上がる。
 それもこれもあるひとが、死んでから不安に思うことが、続いている。
 幼い頃の私は悪いことがあっても、これはここが、きっと底辺で、浮き上がるしかないんだと自分に言い聞かせて、私は大丈夫と言い聞かせるだけで、不安に打ち勝った。
 でも、いったん不安の嵐を経験してしまったら、なかなか一人ではそこから立ち上がることはできないということに気づいてしまった。
「また同じメニューを頼んでしまった」
 そう思って自分にがっかりすることも不安とともに増えた。
 もしかしたら、おいしくないかもしれないと不安になり、散々迷ったあとで、毎回同じメニューだ。味の予想がつく同じメニューなら、失敗はほぼない。
「いつもの味だ」
 そう安心する。新しい扉を叩く勇気がない。
 どーんと構えて、ささいな失敗に怯えずに、できれば、不安に怯える生活に終止符を打ちたい。鍵なんかなくても、家に入ってやる。そんなことはできないけど。
 明日、私は、その不安について専門家の意見を聞きに行く。
 どんな先生だろうな。私の言いたいことは伝わるかなと。不安は募るけども。
 そして、待合室でもどこか落ち着かない私は、きょろきょろと辺りを見回し、時計を何度も確認する。
「寺田さん」
 やっと呼ばれた。
 私は、意を決して、診察室に入った。
「何を不安に思っておられますか?」
 私の顔を覗き込む先生は、私を心配している。あまりに緊張して、顔が紅潮した。
「そうですね」
 どこから話をすればいいかわからなかった。
「ゆっくりやっていきましょう」
 そう言われて、少し安心した。
「すぐ思いつく今の不安はなんですか?」
 丁寧に先生は質問してくれた。私はぽつりぽつりと自分の不安を話をしていった。
 そのたびに、先生は、うなずいてくれて、
「大丈夫ですよ」
 とアドバイスをくれた。
 これだから、あんなに待合室が混んでいるんだわ。この先生は丁寧すぎる。
 私は、こんなに時間を割いてもらっていいのかと不安になった。
 でも、先生は時間を気にする様子もなく、最後まで話を聞いてくれて、診察室を私が出るときに私の目をしっかり見て言った。

「お大事に」

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