見出し画像

“ご迷惑”、どんどんかけあっていこうよ。

午後、仕事が一段落したので、駅前まで散歩に出た。最寄りのコーヒースタンドで買ったカフェラテを啜りながら、のんびりした気分で歩いていた。

昨日、今日で仕事はじめの人も多いだろう。駅前(今はまだ帰省先の千葉にいる)は普段通りの活気で、配達のお兄さんや制服姿の販売員さんなどが道を小走りで行き交っていた。

駅のロータリーをすぎて、私が子供の頃からある巨大マンション群の下に来た時だった。時間を確認しようと携帯を手に取った瞬間、目の端で人が倒れたのがわかった。

見ると、80歳か90歳くらいのおじいさんが道に倒れていた。「大丈夫ですか?」とすぐにかけよる。つまづいてころんじゃったのかな?脚が悪いようでなかなか起き上がれない。意識はしっかりしていて、「すいませんね、ちょっところんじゃって」と声を返してくれた。

前を歩いていた親子と一緒に、なんとかおじいさんを道の端に座らせると、被っている帽子に血が滲んでいるのに気がついた。倒れた時にぶつけたみたい。帽子をとると傷口がぱっくりみえるほど切れていた。少し下をむくとポタポタと血が垂れるほどだった。

「あれあれ、大変!救急車よびますか?」と、慌てふためく私たちをよそに、おじいさんはずっと「いえいえ、大丈夫です。ご迷惑かけちゃってすみません、すみません」という。いやいやでもめっちゃ血出てるし!

とりあえず、ご家族に連絡しましょうと言うとおじいさんは「妻に心配かけるから、大丈夫です」といい、また、すみません、迷惑かけてすみません、と謝る。

ええんやで、おじいちゃん!そんな謝らんで!緊急事態の時くらいお互いちょっとやそっとの迷惑くらいかえ合いましょうや!と言って、おじいちゃんをハグしたくなったんだけど、さすがにちょっとやり過ぎだと思ったから、「大丈夫ですよー」といいながら脚をずっとさすっていた。

でもいよいよ血が止まらんしで、やっぱりやばいよねってことで、結局、救急車を呼ぶことに。駆けつけた救急隊員の方々に処置してもらって幸い大事には至らなかったみたい。ふぅよかった。

おじいさんは救急車を待つ間もずっと「すみません」を繰り返していたけど、周りには終始優しい言葉が飛び交っていた。

大事じゃなくてよかったですよ。
他に痛いとこないですか?
年始そうそう大変でしたね。
寒くないですか?
このハンカチ使ってください。

そうそう、“ごメイワク”なんてね、迷惑じゃないからね、全然。

おじいさんの「すみません」を聞いてて改めて思ったんだけど、日本人の特性なのかなと思うけど、「迷惑をかける」ことに対して、少し自分に厳しすぎやしないかな。

私の肌感覚だけど、「迷惑かけちゃって」で「ごめんなさい」される時の“メイワク”って大概の場合、全然、迷惑でもなんでもなくて、かけられる側の人にとっては、え、全然だよ!むしろもっと頼って!な場合が多いと思うんだ。

仮にちょっと大変なことでも、時間やお金をその“メイワク”に多少費やしたとしても、多くの人の多くの場合、それは迷惑ともなんとも思ってなくて、むしろ「もしなんか役にたったんならよかった」くらいにしか思ってないんじゃないかな。

具合の悪い人を介抱したり、迷子を探したり、落とし物を届けたり、いろいろあると思うけど、だいたいが言うほどそんなに迷惑じゃないよね。

ちょっと不思議だなと思うのは、“メイワク”を受け取るときには「全然気にしないで!」って言う人が多いのに、いざ自分が“メイワク”をかける側になると、とたんに「すみません」「申し訳ない」になっちゃうのどうしてなんだろう。

もちろん、やってもらってあたりまえ!な態度や考え方はどうかなと思うけど、誰だって“メイワク”をかける側になるときはあるし、そういうときは、お互い様〜の気持ちで思いっきり“メイワク”かけちゃっていいんじゃないかな。そもそもそれって迷惑ではないんだし。

ほら、自分がかけられた時のこと思い出してさ。困ってるんだしお互い様やし、ていうかそんな迷惑でもなんともないし、ってな具合にもっとラクに頼り頼られるようになったらいいなーと思ったよ。

昔インドを旅してた時にね、犯罪に巻き込まれそうなとこ一歩手前で助けてくれたインド人青年がいて。私が「Thank you」と一緒に「Sorry」を連発してたら、その人がこう言ってた。

「なんで謝るの?当たり前のことしただけだよ。インド人はすぐ人を頼るんだ。そして同じくらい助ける。人は迷惑をかけあうものだからね。」


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?