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DX is Social ReD.

 先日、会社の再立ち上げをした背景をお話させていただいた。

 DXとは何なのか?という話には私の方からお答えすることはなく。DXが何かは組織や事業の置かれている立ち位置で様々。ゆえに、DXとは再定義とほぼ同じ意味だと私は捉えている。

 再定義は、開発のあり方ややり方かもしれない。それに伴い内製を始めることかもしれない。あるいは、見える化どころか情報共有もままならず、共有のためのデジタルツールを入れるところからかもしれない。最初から、既存事業の再定義や、新規事業に挑むDXもありえる。それらの先に組織そのものの見直しがある。

 この幅の広さこそ、今日本が抱えている課題の多様性ということになる。だから、DXとは何か?という問いにフラットに答えることはあまり意味を感じていない。スタートラインは組織によって異なる。

 だからこそ、逆にそこに伴走する側は、形を変えていく必要がある。相手の出っ張り方(意思のあるところ)、へこみ方(できていないところ)にあわせて、こちらから添えていく専門性を変えていく。そうした神出鬼没の専門性からイメージするのは、スタートアップスタジオだ。

 DXを必要とする歴史深い企業や大きな組織に対するあり方の一つが、スタートアップの不確実性に向き合うものと相通じるというのは、興味深い。表層は全く異なるが、求められるものは近い。

 組織の中にこの手のチームを作ると、これまでの重力に引かれて、十分に活躍できない可能性がある。外側から、DXの推進者(組織)を支援していく形。組織の内側にあって変革を進めようとする人は、アントレプレナーの置かれている状況に近似することがわかる。仲間も予算も経験も限られるなかで、その組織がそれまで体験したことのないことに挑んでいく。容易な仕事ではない。

 このように考えていくと、DXを支援する側のキャリアとして、大きな組織(例えばSIer)からサービス事業会社へと移り、その後再び大企業の支援に回っていくというのは、経験知を活かせるあり方だと言える。

 さて、話の中で触れたように、私が特にDX文脈で伴走する先としているのは、行政、地方企業(アトツギ)、大企業である。こうしたプレイヤーはこれまでの日本の社会を形作り、牽引してきた存在といえる(だからこそ、変革は最後になる)。こうした方々を支援していくことは、まさに社会の再定義に繋がっていく。そのように捉えている。

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