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組織をファーストではなく、セカンドで合わせる。

 組織には理念が必要で、それを組織の中に行き渡らせないといけない、ということを長らく思っていた。実際には、まず理念と呼べるものが無い組織が圧倒的に多いのではないかと思う。ここでいう組織とは、会社の場合もあるし、コミュニティの場合もある。チームにも当てはまる。

 理念はどうやってできるのだろうか? 組織をリードする者が、みんなに受け入れられて、自分事にできそうな内容と表現を生み出す。あるいは、入り口だけ用意して、中身をみんなで練りながらつくっていく。いずれにしても、理念は自然発生的には形にならないので、意図をもった存在が理念づくりに必要になる。

 運良く理念を手にしたとして、リーダーは次に、理念が組織のみんなの中に宿り続けるよう、働きかけるところで苦労する。組織の中の誰を取り出しても、統一見解。一糸乱れぬナントカで、行き渡っている。それが組織(会社、コミュニティ、チーム)の強さになる。…と思っていた頃が私にもあった。

 実際には、そんな動き方は人間には適していない。人間は1日1日積み重ねる中で様々なことを知り、学び、気付き変化していく。自分の中の優先度を日々変えていく、あるいは変わっていく。良く言えば学び続けていると言えるし、ネガに言えば移ろいやすい、心変わりしやすい。少し時間を置いて会ってみると環境や関心、目的を大きく変えていることが珍しくない。

 人は他意なく、自分の意思決定を意識的、あるいは無意識に変えていく。それはある時間的距離を置いてみれば、180度変わっていたりもする。身勝手だろうか。そうかもしれない。でも、それが、情報が溢れもはや一つ一つ処理しきれない日々を、それでも生きていくために人が宿した、能力なのではないかとさえ思うのだ

 同じ組織にいるならば、その理念を自分の中にあるWhyのリストの最上位、ファーストに持って来ていなければならない。ファーストに来てない人ははぐれ者で、実質的には組織の一員ではない。その順序は行動に現れる。組織の都合を優先し、個人の都合は二の次、三の次。それが当たり前。

 …平成も終わろうとしている現在において、こんな極端なことはさすがに無いかもしれない。だが、リーダーはその組織が前進していくために、たいていの場合、真面目に理念の「浸透」を考える (そういう組織のあり方しか知らないし)。

 だが、先に書いたように、人のWhyの順序が日単位で変わるような今。組織の理念を個人のWhyリストのファーストに持ってこさせようとする、そのためにリーダーの多大な時間を投じることの、愚かしさに気づかないといけない。個人のWhyの順序は、その人自身が決める。たとえ、ファーストに組織の理念があったとしても、そこにはその人の選択を挟んでいる。自分で選んだのだという。

 組織のWhyは、個人のWhyのリストのファーストになくても良い。でも、セカンドに、あるいはサードにある人たちが集うならば、その集まりには前進する力が宿る。全員ファーストにある組織よりは動きに時間がかかるかもしれない。だが、自分のファーストに別の何かを持っている人たちの集まりは多様性に満ち、思いがけない繋がりや働きが期待できる。

 一方、組織のWhyがフォースやフィフスという位置だと、お手伝いという感じは拭えない。そういう関わり方も勿論あるだろうけども、みんなそんな感じになる集まりなら、集まることを考え直した方が良いだろう。その組織のWhyは、もはやあなた個人のWhyでしかないのだから。

 こうした考え方は、正業と副業の違いがなくなっていく、個人がポートフォリオを描く時代には尚更、前提になっていくのではないかと、思う。

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コメント (1)
個人が成長した先にあるのがこのイメージなのですが、whyを持ったらみんなこうなるのがよいのかな、、
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