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アートって何だ。デザインって何だ。ときどき音楽。考える。
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囚われのパブリック・アート

パブリック・アートの孤独

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パブリック・アートの孤独

パブリック・アートの孤独

パブリック・アートの孤独

「ART」は、鑑賞し身につけるもの?

「ART」の語源。 ギリシャ語の「τέχνη (テクニー)」。 その訳語であるところのラテン語の「ars」 もちもとは、もっと「テクニック」っぽい意味の言葉だったのかな。 この言葉、人の手でつくらられる(行われる)もの全般を指していた。 だから、かつては医療技術とか、土木や建築の技術などが「ART」という言葉が指し示す範囲に入っていた。 「リベラルアーツ(Liberal Arts)」の「Arts」は「それぞれの手法」ほどの意味だそうだけど、「リベラルアーツ」も「一般教養」

美術館に行くのは嫌いではないけれど、どうやって楽しんだらいいのかイマイチわからない… そりゃそうだ。この国に悠久の文化とは、ねじれの位置にある外来文化=Artが主成分なんだから。しかも「アート」も「美術」も明治以降に伝来した、この国では若い文化だ。

「従来の文化施設」だけでなく?

文化の現場は「従来の文化施設」だけでなく「地域」へ広がった これはある本にあった目次の一行。 「ええ、そうなんだ」 僕は、良質のコンサート至上主義じゃないこともあって、1980年代から、ほとんど文化施設で興行やイベントを打ったことがない。 これから再開発という更地に池を掘って土を盛り、そこで野外劇をやったり、海岸に特設ステージを組んで、世界中からパーカッショニストを招いてフェスティバルをやったり、取り壊される予定の倉庫でアーティストに空間を造作してもらって、そこでダン

この国の「文化」として

Twitter(X)のタイムラインに見つけた一説。 「アートと工芸の間にあって、デザインとも言い切れないし、いわゆる工芸品とも違う。アートのように飾るものだけど、手に触れることもできる、もっと生活の中に入っているもの。」    柚木沙弥郎・熱田千鶴著『柚木沙弥郎のことば』グラフィック社より そもそも、上流社会(ハイ・カルチャー)を向いている、しかも、幕末〜明治以降の、新参の外来文化に拠る見方であるところの「アート(art)」を「唯一無二で最高峰」みたいな位置付けに置いち

「Art」という「ものの見方」自体が、わが国の文化にとっては外来のものであり、幕末〜明治以降のものであり、歴史は浅いということ。それなのに、唯一無二の価値観のように扱われているのは、政府のプラパガンダに拠るもの。イリュージョンだ。

美術やアート

僕は芸術学科卒で、芸術評論で小さいながら受賞経験もある。 でもね。ずっと喉元に魚の小骨が引っかかった状態が続いていた。「唐衣 着つつ慣れにし妻しあれば」の逆だ。 なんか違和感がある。無論「アート」についてだ。  例えば、北斎の「神奈川沖浪裏」を「アート」ってカテゴライズされるとき。この国に伝来の技法に則った絵画より「油画」に「アートの主流がある」かのような考え方に出会ったとき。 (考えてみれば、この国の伝統に則った技法で描かれた絵画を、日本人自ら「日本画」っていうのも

演歌を「鑑賞する」とは言わない。

冒頭の写真は、ヨコハマは伊勢佐木町4丁目にある青江三奈さんの往年のヒット曲「伊勢佐木町ブルース」の歌碑。スイッチを押すと1分間「伊勢佐木町ブルース」が流れるという、ご当地ソングの、そのご当地に、ときどきあるよねというスタイルの歌碑だ。きっと、これを商材に営業をかけている業者さんがいるんだろう。 でも人気でね。徒歩でも1分ほどの距離に、さる巨匠のパブリック・アート作品があるんだけど、そっちはさっぱり孤立的で、可哀想なくらい。街場の本音がどちらを選んだのか、そういうことが、明々

NEO-Edo あるいはSHIN-Edo

唐突に、だが 未来のためにできること ひとつに、この国に江戸時代の社会のあり方を、市井に取り戻すことだ。 つまり、明治以降を卒業することだと思っている。 あの頃、豊かだった街場、つまり、庶民文化のあり方から追ってみる。 16世紀中頃。 欧州ではまだ各国で戦争・内乱がくりかえされていた。でも、わが国では秀吉の「惣無事令」以降、戦乱は収まり、すでに人々を集めていた都市部に平穏が確保され、それにともなって商業が発達し、労働者にも「文化」を求めるゆとりがもたらされた。 ある者