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【論考紹介】“靴に合わせて足を切る: 米陸軍におけるミッション・コマンドの分析” (“Cutting Our Feet to Fit the Shoes: An Analysis of Mission Command in the U.S. Army”, by Amos C. Fox)

https://www.armyupress.army.mil/Portals/7/military-review/Archives/English/MilitaryReview_2017228_art011.pdf

米陸軍の指揮統制に関する2017年の論考。“ミッション・コマンド”重視の問題を指摘。

ミッション・コマンドは19世紀ドイツ(プロイセン)のAuftragstaktik(訓令戦術)に端を発する指揮統制法で、そのポイントは
⚪︎上級指揮官はその意図を下級指揮官に伝える(意図の共有)
⚪︎上級指揮官は下級指揮官に“任務”を与え、その実行方法は下級指揮官の裁量に任せる(委任)
⚪︎下級指揮官は、上級指揮官の意図を踏まえてうえで、自身の判断に基づいて“任務”を実施する(自発性)
というところにあります。

なお、現在のロシア・ウクライナ戦争において、両軍の指揮面での相違として、ウクライナ軍が米国・NATO流のミッション・コマンドを取り入れているという指摘があります(一方でウクライナ軍の現場主義的・自発的傾向は、西側の影響ではなく同軍の組織風土によるという見解もあります)。

さて、このミッション・コマンドは米陸軍の基本的な考え方になっているのですが、陸軍将校がこの考え方に縛られてしまうことで、(少なくとも2017年時点における)実態に沿わなくなっているのではないのかと著者は指摘しています。

大規模な地上戦闘ではなく、少数の将兵が関与する繊細な外科的軍事行動が多くなった米国の戦略環境においては、一人の兵士の誤った行動が国家戦略に大きな影響を及ぼすこともあります。結果、上級司令部は、現場の裁量に任せる“指導的管理(Directive control)”ではなく、現場将兵の行動に介入する“細目管理(Detailed control)”志向にならざるを得ない面があります。

また、技術面の進歩も見過ごせません。戦場での情報ネットワークが確立され、円滑な情報フローが確保された環境では、上級指揮官が直接的に現場の戦術判断に介入したほうが効率がよいという側面もあります。

そして、指揮統制は歴史的・戦略的・技術的環境で決まるものだと著者は指摘します。

「訓令戦術の理論的基盤は、広大な戦場において大規模な軍が、それぞれかなり離れた場所に分散配置され、概ね自軍と対称的な組織と様式を備えた敵軍と対峙するという環境から生まれた。しかし、21世紀の米軍の作戦・環境は変わりつつある」

訓令戦術の基盤が上述である結果、この思考を米陸軍に持ち込んだことで別の影響が生じました。

「ミッション・コマンドは米軍が戦争(戦略的かつ政治的勝利)よりも、むしろ戦闘(会戦での作戦的かつ戦術的勝利)に重きを置くことを強めている。なぜなら、この概念は、迅速な殲滅戦に勝利するというドイツ軍の作戦概念に由来しているからだ」

では、米軍はどう対応するべきなのでしょうか。

著者は、ミッション・コマンドの考え方は重要だが、実際の指揮は柔軟なものでなければならないと指摘し、ドクトリンで指揮手法を縛るのではなく、ドクトリンはどのような指揮手法を採用すべきかの指針になるべきだと述べています。

現状、指揮統制手法を「指導的管理(Directive control)/細目管理(Detailed control)」の二項対立で捉えていますが、そうではなくて、この二つを極とする連続体として捉えるべきで、状況に応じて指導的管理寄りになったり、細目管理寄りになったりすべきだというのが著者の考えです。


そして、ドクトリンは指揮官の思考を固定させるものではなく、指揮手法を選択する際の判断指針リストとして提示されるべきだとの提言をしています。

余談になりますが、訓令戦術の巧妙な使い手であったドイツが、大モルトケ時代以外、戦場で勝てても戦争には勝てず、一方で中央集権的指揮統制とされる旧ソ連から、戦場の勝利を戦争の勝利に結びつける“作戦術”の概念が生まれたことを考えると、この論考の指摘には興味深いものがあります。

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