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旅行記『わたしの街』

去年の9月の文学フリマで販売した旅行記ですが、通販の注文が振るわないのでふたたび試し読みを世に放ちます。紙で読みたいよ~という方は、ネットプリント版の再配布も検討しますのでご連絡ください!

プロローグ

 旅行が好きだ。日常を抜けて「旅人」になる感覚も、知らない土地のあれこれに触れて驚かされることも、関わることのなかった人たちに出会うことも。代わり映えしない日常の愛おしさと同じくらい、旅行中の時間が好きだ。正直、場所や目的はなんでもいい。近くても遠くても自分の足で踏んだことのない土地であれば、どこでも。そこで触れたものや人たちは、いつもわたしに鮮やかな思い出を残してくれる。帰宅して夢から覚めたような頭でゆっくりと味わうと、不思議と涙が出てきてしまう。大事なその一瞬一瞬を、わたしは過去においてきてしまったのだと。けれども繰り返しては、何度も強く生まれ変わっているような気持ちになっている。あの日のあのときの記憶が、たしかにわたしの細胞を新しくしている。いくつものきらめく瞬間がわたしを生きながらえさせている。互いに日常に戻っていったあの人たちは、もう覚えていないだろう、わたしは忘れられないまま。そんな記憶をいくつかの読みものにまとめてみた。場所も時間もわからない曖昧な物語に、自分の記憶を照らしてほしい。
 続いていく関係もあったのかもしれない、と思うけれどそれは詭弁だ。わたしたちはいずれ日常に帰っていく、交わらないはずの道がひとときだけ交わって光る。それはとても儚くて、美しい。

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