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「沈黙」と早撃ち

クリント・イーストウッド監督の俳優、そして監督経験から来る早撃ち、否、早撮りは有名な話だが、とにかくセッティングも早く、ショットも一発か二発で終わるらしいと聞いている。
キング牧師宅を盗聴したりしたFBI長官フーバーを描いた映画「J・エドガー」の主演を演じるディカプリオが、いまのテイクをもう一度やらせてくれと言ったところ、イーストウッド監督に、いやいまのでいいんだと返され、ちょっとした言い合いになったというが、日本でも黒澤明と勝新太郎の袂を分かった事件をつい思い出してしまうようなエピソードだ。

映画「沈黙~サイレンス」の撮影のために極秘で台湾入りした数日後、スタッフのディレクターたちと話題になっているアカデミー賞の話となり、みんなのなかでは「バードマン」の話で持ちきりになっていた。だが自分は肝心のその「バードマン」を観ていないし(撮影後に日本に帰る飛行機の中で初めて観る)、その話に加わることが出来ず、ただ気になっていアカデミー候補のイーストウッド監督の「アメリカン・スナイパー」のことが気になり、みんなはどう思っているのかを聞いた。後でいちばん仲良くなるディレクターのひとりトレヴァーが、「うん、あれだけヒットして金がたんまり入ったから、たとえ賞を逃してもいいんじゃないの」とそっけない返事が返ってきた。
映画経験をいやというほど繰り返してきたベテランたちのさりげなさに肩透かしを食らいながら、さて撮影に入り、海辺に立てられた十字架に貼り付けにされているモキチ(塚本晋也)が意識朦朧のなか、必死に歌う讃美歌に合わせて、観ているだけの自分が、彼の歌に合わせて讃美歌を口づさむというシーンの撮影に入った。監督からは、一緒に唄ってほしいんだけど、警護のものたちに一緒に唄っているとは気づかれないように唄ってほしいと、けっこう無茶な注文を出され、左前方に監督たちを見ながら世界一のフォーカスマンと言われる男とカメラスタッフに一メートルくらいの距離から接写され、「ROLLIN’ SET」の声がかかり、フィルムは回り始めた。カメラの後ろでもオフカメラでありながら役者たちは同じように演技して、自分の背中でも数十人のエキストラたちも本番と同様の演技をしている。それこそ数十分に感じられた接写の間、唇を閉じるでもなく、唄うでもなく微妙な表情を続けまくった顔面アップの撮影、カットの声がかかり、スピーカーから、
「監督はオーケーと言っていますが、PANTAさんはいかがですか」
という声が届いてきた。
そんなこと言われても、世界のマーティン・スコセッシ監督にオーケーと言われながら、自分ごときが、もう一度やらせてくれなんて言えるわけがない。前述した、ディカプリオとイーストウッドの言い合い以前の問題で、もう監督の言ってくれたオーケーをありがたく頂戴し、なんとか無事に撮影を終了することが出来た…と思う。仕上げは本番を観てのお楽しみだが、本編を観てみるとけっこう長回しで自分の顔がアップにされているのはなんとも照れくさいような申し訳ないような微妙な気持ちになっていたのも確かである。


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