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初恋の彼と、その子どもと、ラブストーリーは突然に。

息子の友だちの父親が、私の初恋の相手だと確信したのは、最近のことだ。

長男が小学校に入学する時に見た同級生の名簿の中に、見覚えのある苗字があった。海園うみぞのという少し珍しい苗字。

初恋の思い出 〜ラブストーリーは突然に〜

私が小学校1年生で初めて恋をした相手は、海園タカヒロくん(仮名)。ルパン3世みたいな男の子だった。くるっとした瞳に、眉毛やもみあげなどの毛が濃く、スポーツ万能で、リーダーシップがあって、ひょうひょうとしているところもかっこよくて、男子からも女子からも人気が高かった。

対して私はといえば、いつも本ばかり読んでいる地味な女だった。そんな私が海園くんに恋をしたのは、いつも通り1人で放課時間に絵を書いていた時に、同じクラスの彼が「桑原(私の旧姓)は、ゴム跳び行かないの?」と話しかけてくれたことがきっかけだった。

「行かない」

本当は行かないんじゃなくて、行けなかった。放課時間、ほとんどの女子が参加するゴム跳びを仕切っていたのは、クラスの女子のリーダー的存在、林下マイちゃん(仮名)。彼女は体が大きくて、派手で、いつも「ガッハッハ!」とクソでかボイスで笑う明るい子だった。私は彼女が苦手だった。

苦手と言っても、特にいじわるなどをされていたりしたわけでもない。仲良くもなかった。というか、たくさんの友達がいる活発な彼女と、暗くて地味な私では、関わること自体があまりなかった。そんな彼女たちの率いるゴム跳びグループに、自分から加わることなんてできるはずがない。

海園くんは「それ悟空の絵?めっちゃうまいね! そんなの描けるなんて、桑原かっこいいね」そういうと、さっさとドッジボールをしに外へ行ってしまった。

「絵、めっちゃうまいね!」「桑原、かっこいいね」「絵、めっちゃうまいね!」「かっこいいね」「かっこいいね」

♪ ちゅくちゅーん!(ラブストーリーは突然にー小田和正ー)

て〜れーれーれ〜♪

果たしてその日から、マイちゃんたちが楽しそうにゴム跳びをしている様子を「私は、かっこいいんだ…。ゴム跳びグループには入れないけど、いいんだ。海園くんが、私をかっこいいって言ったんだ」と、思いながら眺めることとなった。そして海園くんを、こっそり目で追うようになった。

しかし結局その学校も3年生で転校することとなり、どうこうなることもなく私の初恋は儚くも散ってしまったのだが、人生で初恋の話題があがるたびに、海園くんのルパンのような濃い顔立ちと、ひょうひょうとしたかっこよさ、そしてマイちゃんのガハ笑いを、セットで思い出すのだった。

***

まさか、あの海園くん……? と思っていた中、息子も4年生になり、ついに息子が、その海園という苗字の子と同じクラスになった。海園ハナミチくんだ(仮名)。

最近は昔と違って個人情報保護の観点からか、クラスメイトの名簿などは配られず、生徒の住所、親の名前、連絡先などは一切わからないようになっている。知りたければ、子供同士が仲良くなったり、学校行事で知り合ったりなどして、直接やりとりするしかないのだ。

小学生の時と1㎜も変わらず暗くてコミュ障な私に、そんなことはできなかったが、幸い息子が、私とは似ても似つかないスーパー陽キャボーイだった。ちょっと野に放つと、一瞬であっという間に何人も友だちを作り、みんなと仲良く遊んでいる。

その息子が、すんなり「うん。ハナミチくんのお父さん、タカヒロだってよ?」と聞き出してくれた。

なんてこった…! なんと息子のクラスメイトの父親に、初恋の相手がいるなんて! そんな昼ドラみたいなことある!? 

もしや、運命……!
(♪ ちゅくちゅーん!)

海園タカヒロくんは、今頃どんな男性になっているのだろうか。38歳で10歳の男の子の父親……。毛が濃い男性は後々ハゲやすいと聞いたことがあるけれど、彼はどうなんだろうか? 私の夫(41歳)は、すっかり中年太りだが、スポーツ万能だった彼はどうなんだろうか? ああー! 会ってみたい! 影からこっそりでいいから、一眼みてみたい! 

***

そんなことも考えていたが、残念ながら今年も一年、学校行事は軒並み中止か縮小化ばかり。私たち保護者が一斉に集まる機会もなかった。

私も忙しい毎日を送る中で、すっかり海園ボーイズのことは忘れていた。仕事に家事に育児にゲームに。中でも今年はオンラインゲームのフォートナイトに時間を注いだ。100人の敵と撃ち合って、生き残る1位のチームだけが勝つバトルロイヤルだ。オンラインで繋がる仲間とチームを組んで、ボイスチャットで会話しながらプレイができる。

初めは長男がPS4で、私がPCでプレイしていただけだったが、そのうちに、長男の友だちもパーティに加わるようになった。ボイスチャットで10歳の子どもたちと38歳の母親が協力して「そっち!もう1人いる!後ろからいけ!よし!私が助ける!」とか言いながら真剣にやってるのだ。今改めてテキストに起こしていて、震えるほど恥ずかしい。 

運命の再会と屈辱

そしてそこに、とうとう彼も来たのだ。初恋の君の御子息、ハナミチくんだ。それまで「いけいけいけっ!あと50!」などと荒々しく10歳の子どもたちに指示を出していた私も、息子の「あっ、ハナミッチーだ!一緒にビクロイしようぜ!」という声を聞くや否や、急におしとやかになった。

海園くんの息子! 海園くんの息子…! ドキドキした。ちょっとやはり他の子とは違う、聡明そうな声な気がする…。

はっ! もしや、この画面の向こうには、海園タカヒロくんもいたりするのか!? しまった! 息子が遊ぶゲームの画面から、10歳の子どもと遊ぶおばさんの「ちょっ!やばい!撃たれた!助けて」という声がしたら、え?なんで大人? って絶対なってるはず。そして、「ハナミチ、このおばさんなに?」「カンタくんのお母さんだよ」「マジか、やばい人もいるもんだなー」となっているかもしれない。

恥ずかしすぎる…!!

それ以降、ハナミチくんがパーティにいる際には恐ろしい指示は出さずに、優しいお母さんの声色で朗らかに話すようにした。


そんな生活の中、ついにその日はやってきた。ハナミチくんが、なんと我が家にやってくることになったのだった。たくさん友達がいる長男は、いつもいろいろな友だちを家に連れてくる。いつかこんな日も来るかもしれないとは思っていたが、まじで来た。

ゲームで話したことがあるとはいえ、直接会うのは始めてだ。…ここはどうしても「綺麗でかっこいいお母さん」でなければいけない! 

100%の全力メイクをして、100%の全力オシャレをして、100%の全力掃除をして、オヤツはいつもの3割増し豪華なものを用意して「うちはいつもこんな感じですよ」のフリをして迎えた。

「うわぁー!めっちゃオシャレやん、カンタんち。」そうだろうそうだろう。口々に我が家の内装を褒めるキッズたち。掃除してよかった。普段はホコリをかぶりまくっているアロマキャンドルをあちこちで炊いておいてよかった。

そして、合計5,6人のキッズがいる中、ひときわ輝く子がいた。

くるっとした瞳に、濃い眉毛、濃いもみあげ、自信に満ち溢れたオーラを放つ男の子。聞かなくてもわかった。 ーこの子が海園くんの息子だ!

そっくりだった。まるで時間があの頃に遡ったようだった。みんなに「ハナミッチ」と呼ばれるその子は、完全にあの頃の海園くんと、瓜二つだった。

ドキドキした。自分の30年以上の時間がぐにゃっと曲がった気がした。時間というものは、私の記憶の中で成長が止まっている人たちにも同じようにあって、こうやって繋がってまた巡り合ったりするということが、奇跡みたいに感じられたのだ。

「カンタのお母さん、綺麗だね。めっちゃ面白いし」オヤツを食べるキッズたちの中、ハナミチくんが大きな声でそういった。

「綺麗だね」「めっちゃ面白いし」「綺麗だね」「めっちゃ面白いし」「綺麗だね」「綺麗だね」

(♪ ちゅくちゅーん!)

なんてことだ!! 時を超えてなお、私は、同じ海園の男たちに心を揺さぶられてしまった。

ハナミチくん、なんて素直で良い子なんだ……!かわいいっ!!

もしかしたら、今夜帰宅してお父さんにそれを報告するかもしれない。
そして、今後再会する時に、

「息子から綺麗でオシャレなお母さんがいるって噂は聞いていたけど、まさか……くわ、は、ら…?」

(♪ ちゅくちゅーん!)

…そう思っていると、ハナミチくんの話はこう続いた。

「オンライン授業の時、カンタの母さんって、いつもマイクラしてるよね(村人の声が聞こえたらしい)」「めっちゃゲーマーだよね。お母さんなのに。俺のママ、ゲームとか全然しないよ。ブハハ!」

……。

そして、追い討ちをかけられた。

その日いたキッズの中でただ1人の女の子、めちゃくちゃ足が長く、アイドルみたいにかわいいエマちゃんが、みんなのいるリビングを起ち、ダイニングで仕事をしていた私の元にツカツカとやってきた。

エマちゃんは私の顔をマジマジと見て、笑いながらこういった。

「ふーん。オタクの割には美人だね。ぷふふ」

……こ、小娘ぇぇええええええええ……!!

その後のことはあまり覚えていない。覚えているのは、お土産に持たせる予定だったお菓子を、全て私が食べてしまったことくらいだ。

みんなが帰った後に息子から聞いた話では、エマちゃんは、ハナミチくんの彼女で、クラスのリーダー的存在だということだった。

それ以降、もう子どもたちのオンライン授業の時は、同じ部屋でゲームをしないことにした。息子の友達がパーティに参加するフォートナイトでは声を発さないように心がけるようになった。

そして、ちゅくちゅーん!は、もう封印することにした。


おしまい。

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