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【お伊勢参らば『ちとせ』をかけよ、『ちとせ』かけねば片参り】

三重県在住であるが、コロナ禍のこの3年間県外旅行が職業柄ままならず、県内の魅力再発見とばかりに、あちこち巡っていた。伊勢神宮にも何度か足を運び、伊勢うどんの食べ比べをした。そして、テレビドラマ「孤独のグルメ」にも登場した『ちとせ』さんへは、必ずと言って良いほど食べに寄った。香川県の讃岐うどん巡りだと『がもううどん』は外せない我が身の、伊勢うどんバージョンだ。日常の延長にある近しい親しい事物は、これから先もずっとあって欲しいと祈ってしまう。


2020年10月某日
【『ちとせ』~やわき肌の泡沫(うたかた)~】
宇治山田駅から徒歩5分、箕曲中松原神社の樹齢800年の楠の御神木を見上げて時間をつぶし、11時開店を待ち紺色の暖簾をくぐり『ちとせ』の店内へ。年季の入ったザ・食堂!という風情で、オムライスやカツ丼、野菜炒めなんぞもきっと良いのだろうなあと思う。しかしお目当ては伊勢うどんだ。

月見肉うどんに天ぷら(海老二尾)トッピングで。缶ビールも頼んだら、マカロニサラダが付いて来た。コーン、ハム、キュウリの入った辛子マヨネーズで和えた由緒正しきマカロニサラダだ。それを摘まんでグビッとコップに注いだビールを飲む。厨房から、チンカラチンカラと天ぷらを揚げる心地よい音が聞こえてくる。マカロニに卓上の一味唐辛子をパッパとかける。

オーストリッチのカバンがお値打ちですと流れてくる店内のテレビショッピング番組を見ながら、のんびりと10分くらい待ってやってくる。丸くて深い丼に輝く素敵なビジュアル、ああー、と声を出したくなる感じ。
さて、白肌のうどんは太めで、ふわふわぽにょぽにょ、コシは無いのに持ち上げられるギリギリの柔らかさ。
そして、伊勢うどんには珍しく、タレというよりは、ジャブジャブとたっぷりの黒い出汁に浸かっており、甘さ控えめコクありでぐいぐいどんどん飲めるじゃないの。
具材はとても薄い輪切り青葱がアクセントになり、ひらひら縮まる伊勢肉はしっかり煮込まれきった色をしているのに、出しゃばらずホロホロとうどんに沿う。揚げたての海老天はエビを開いたぽてっとしたフォルム、衣がほどよい厚さで、中はプリプリだ。尻尾まで食べちゃう。トッピングして良かった。

はふはふと箸が休むことなく柔肌の海へ突入しては持ち上げ口に運び、うどんが残り三分の一ほどまでいったところで、ようやく、肉を絡めるようにして漂う卵の黄身を割る。いっきにまろやか、そして月はあっという間に漆黒の汁にほどける。体がほのかに熱く上気するが、道路に面した窓ガラスが少し開いており、涼やかな風が時折なぜるように入って来て、背中をそっと冷ましてくれる。
最後は丼に口を付けてラスト一滴まで飲み干しちゃう。
かあっ、美味しかった!ごちそうさまです。そんなゴートゥートラベルもどき(ぶらり県内一人旅、遅い夏休みの一泊二日)。

2021年11月某日
【いつか『ちとせ』でカツ丼を】
以前から何度か足を運んでいる伊勢うどんで有名な『ちとせ』さんにうかがう。宇治山田駅から徒歩数分、細い路地に入ってすぐのところにある。ここは土日は、うどん類(伊勢うどん、肉伊勢うどん、卵とぢ伊勢うどん、月見伊勢うどん、肉月見伊勢うどんなど)しかやっておらず、定食や丼物は平日のみとなっている。そして、火・水曜日が定休日で、夜はやっていない食堂なのだ。
ゆえに今まで、週末伊勢に出向いた際のお昼ご飯には、肉月見伊勢うどんに海老天ぷらトッピングを繰り返してきたのだが、カツ丼が善いらしいという噂をずっと小耳に挟み続けていた。そして、この度、有給休暇を取得し月曜日真っ昼間のカツ丼を敢行することとした。

勇み足で昼の11時半に暖簾(ノレン)をくぐり、手指消毒して、いざ、タノモウ(武士っぽく)!カツ丼と豚汁(小)ください!
グラスに注がれた温かいお茶をぐびりと飲みながら、待つこと8分ばかり、じゃーん、やってきましたよ。
口が広くて浅い黒漆器風プラスチックの器に、やわらかく少し半生な玉葱入り卵とじがご飯の上にかかり、食べやすい幅に切られた揚げたて豚カツがその上で卵とじと熱くランデブーしておる。なんぞなもし!とばかりに、ガツガツと丼に口をつけて、かっこむよね。
カツはカリッとザクッの間くらいの衣加減、肉は固くもなく柔らかすぎもせず、丁度良い。甘くて出汁感のある卵とじのツユも多すぎず少なすぎず、粒のたったご飯に程よく染みてゆく。ここの伊勢うどんのツユも、まろやかでコクがあり、飲み干せるのだが、その味わいに通じる。

こ、これは旨いカツ丼だ。あっという間に半分ほど食べ進めて、ちょっと落ち着こうと豚汁に手を伸ばす。色合いは濃い味噌色だが、しょっぱさは無く、炊かれた大根や豚肉が、優しく泳いでいる。箸を液体に突っ込み、摘まむ。むしゃむしゃ、繊細な青葱をかき混ぜて、ズズッと汁を吸う。お新香は胡瓜の浅漬け2切れ、カリッと合間に挟む。

後半戦、卓上一味を振りかける。カツ、卵とじ、染み染みご飯を、バクバクと食べる。ぷはぁ、バタフライの息継ぎのごたる甘辛い息を吐く。
御馳走様です。豚さん、卵さん、玉葱さんありがとう。
ヽ(´ー`)ノ

帰宅する電車の中で「イカの哲学」波多野一郎、中沢新一著を読みふける。「古本屋ぽらん」で「聖地への旅・伊勢神宮」「生きている民族探訪・三重」「レンタルチャイルド~神に弄ばれる貧しき子供たち~」「東南アジア食紀行」「ムツゴロウの雑食日記」「伊勢神宮と出雲大社」などを買い込んだうちの一冊だ。
日本国憲法第9条を、イカの目を通じて考察した、エロティシズムの中の超平和への思索が、波多野一郎氏の私書を通じて展開しており、あっという間に読み終えた。「ちとせ」のカツ丼の美味さに似た、ぐっとくる一杯、いつかぜひとも試していただきたく。


そして、唐突であるが、日常の隣だった食卓について。
2017年6月某日
【あなたが私にくれたもの】
亡き夫ぽんとの生活では、あまりインスタント食品を食べなかったが(なぜならば私がとにかく何かを料理したがるからだ)、食卓にはたまに年に1〜2回ほど袋麺の日清焼きそばが登場した。
夫ぽんは、袋に記された説明を無視して、雪平鍋にたくさんの湯を沸かして、そこへ乾麺を投入する。実に適当に茹でて、固めな状態で湯を捨て、袋の中のスパイシーなソースの粉を投入し、かき混ぜる。で、青海苔をよいしょと振り掛ける。ややフニャッとしたあっさりした焼きそばが出来上がる。だけど、二人して鍋からそのまま分けあって、すすりこむとなぜか旨いのだ。
私は、きちんと水の量を計り、水分を飛ばしてプリプリに仕上げ、さらに炒めたキャベツと豚バラ肉、桜えび、鰹節、天かすを加えるのだけれども、何か異なる惑星の食べ物になる。
そんな違いを認めつつ、あなたの作った焼きそばを、ジュルジュルと食べていた。思い出したら、切なくて、ああ、あなたの作った袋麺の焼きそばが食べたい。

・・・「もし文豪たちがカップ焼きそばの作り方を書いたら」神田桂一・菊地良著を読みながら、私も同様に我が文体で書いてみようとしたが、二人のときにカップ焼きそばは食べていなかったので、湯切りの際のボコンとシンクが鳴る音やカヤクの貼りつき感は、共通の記憶の中にない。
だから、今こそカップ麺でやってみた。それは袋麺は、二人で食べていたから。一人になった今、カップ焼きそばである、「ペヤング」と「U.F.O」を、その記述通りに作り、唐辛子や花椒を大量に振り掛け、グスグスともりもりと食べる。

食べたのにお腹が空いたから(病的な飢餓感のなせる技だ)、さらに牛イチボ肉のタタキを作った(こっちがメインやん)。タレはニンニク、醤油、味醂で仕上げた。あとは、ピュアホワイト(白いトウモロコシ)を茹でたの、熟成インカのめざめ(栗のように甘いじゃが芋)を茹でてから四つ割りにして、スキレットでこんがりバター焼きにしたものを食べよう。
疲れたときには、にゃあ〜ごろりと、あなたに甘えつきたいが、ソースの甘い香りはとても遠い。そして、今は食材達の塩味のふっくらした甘さが、優しく喉に貼りつく。
タイトルコールはJITTERIN'JINNの曲の歌詞「プレゼント」マイ・オリジナルバージョンで以下。

あなたが私にくれたもの、道に落ちてた鹿の骨
(←本当に鹿の頭蓋骨角付きを、我が誕生日にdearではなくdeerKANAEと贈ってくれた)
あなたが私にくれたもの、小さい小さい白い薔薇
(←夫ぽんは品種改良の末、世界最小のバラを世に送り出した)
あなたが私にくれたもの、雪餅草とポポーの実
(←夫ぽんは珍しい山野草や果物も育てていた)
あなたが私にくれたもの、塩味だけの卵チャーハン
(←卵と鰹節とネギだけの素朴な焼き飯は夫ぽんの18番)
あなたが私にくれたもの、車に生えた白い羽
(←香川をはじめ四国にはよく行ったよねえ!岬にある恋人の鐘はたいがい打ち鳴らした)
あなたが私にくれたもの、迷い込んだの黒い猫
(←隣の駐車場で親猫とはぐれた仔猫を拾い、ラブテロリスト・テロと名付けて飼ったとさ)
あなたが私にくれたもの、あの日生まれた恋心、
(←19歳だった私は、34歳のあなたに恋をした、19の春)
大好きだったけど、先にー死ぬーなんてー
(←ちっくしょう、2015年に知り合ってからの20年間ありがとう)
大好きだったけど、最期のプレゼント、
バイバイ大好きダーリン、さよならしてあげるわ♪

・・・あなたの骨も爪も髪の毛も、指に貼ってあった絆創膏も洗っていないパンツも、拾ってきた煙水晶や石榴(ざくろ)石、たくさんの古本もリアルタイムなメモ書きも、そのまま取ってあるのだ。あなたが私にくれたのは、あなたの存在の影響というあたたかな繋がりだ。
バイバイ大好きダーリン、さよならしてあげるわ、ああ、あと何度私は、そんなことを思うのかなあ?


・・・漫画「うどんの女」えすとえむ著がオススメなんだ。


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