ニアミス
人生は交錯するものだ。縁がないと思っていた人にまた巡り合ったり、一緒に居続けたいと願った人とは縁が切れたり。こちらが会いたいと思っても、先方の都合がつかなかったり。逆も然り。
後悔している「ニアミス」が2度ある。あるとき、恩師から「会ってほしい人がいる」と言われたが、その相手は友人の妹だった。なぜ私?実は友人とは頻繁に会っていたが、妹とはほぼ面識が無かった。時間に余裕があればOKしていたが、そのときは後に予定があったため「また今度。いつでも会えるでしょう」と、断ってしまった。恩師は、都合が悪いなら仕方ない、とあっさり引き下がったので、こちらもあまり気にしなかった。
その翌週、友人の妹は、富士の樹海で冷たくなって見つかった。自ら命を絶ったのだ。
恩師からその話を聞いたとき、言い様のない後悔の念に苛まれた。傲慢かもしれないが、もし、あのとき彼女が私に会いたいと言っていたのなら、そして私が会って、何か言葉をかけていたら………。もう、詮無いことだ。でも、万が一にも引き留めることができたのかもしれない、そんな後悔が、今も過る。
憶えておきたいことがある。死を前にする人は、独特の香りを纏い、また儚い美しさを感じることを。
社会人になって4年目。私はある大学に入り直した。そのとき出会った、あまりに細く、抜けるように白い肌の、薔薇のような女性。見た目に反して毒突く性格が気に入り、受講する科目も重複していたため、ほかの同期よりも頻繁に会っていた。旅行が好きで、細い体に似合わず、よくこってりラーメンを食べては食レポをしていた。
少しひっかかった点は、彼女が服用していた薬。可愛らしいピルケースから取り出すその錠剤に、見覚えがあった。かつて、職場に心をボロボロにされたときに服用していた薬だった。彼女もまた、心を病んでいるのだろう………しかし、その様を私や彼女の彼氏に見せることは無かった。
ある日、美しい顔や身体を傷だらけにして彼女はやって来た。こちらが面食らっていると、あっけらかんと話し出した。
「知らないうちに倒れていた」
「自転車に乗っていたら意識が飛んで、気がついたら土手の下にいた」
と。このときに、私は真っ先に薬の影響を疑ったが、察知したのか、彼女はこう続けた。
「あのね、今飲んでいる薬、来週から減らしていくんだ!」
いきなり減薬?また面食らう私。彼女は更に続ける。
「私、母校の先生になれるの。今年で教員免許が取れたら、夢が叶うの!内定貰えたんだ!」
私は素直に喜び、祝福した。私も彼女同様、母校での勤務を望んでいたが、私の場合は叶いそうになかったから、羨ましくもあった。
必要以上に浮かれている彼女に、少しの違和感もおぼえていたが………。
その翌週、大学の食堂で彼女とすれ違った。が、先週までの様子とは一変し、言葉少なで、あんなに輝いていた瞳は影っていた。しかし、憂いを秘めたその様は、例えようのない美しさだった。アイリスのような、儚い香りを残して、私の前から去った。
見惚れている場合でなかったことを知るのは、その3日後のことだった。
Facebookから、突然彼女の従姉妹と名乗る女性からメッセージが届いた。
「彼女は亡くなりました」
と。タチの悪い嫌がらせか?とその時は疑うことしかせず、必死に彼女の交友録から事実を聞き出そうとしたが、返ってくる答えはどれも同じで、どうやら、本当に逝ってしまったようだった。
どのパズルを当てはめても、導き出せる結論は同じで、遺族側は「病死」としていたが、私と彼女の彼氏の見解は違っていた。たぶん………。
でも、もう詮索する意味もない。彼女がいないのは事実なのだから。
あのとき、声をかけて、いつもの通り笑いあっていたら、今もまだ、同業者として働いてくれていたのだろうか。
遺された彼女のページを見るたび、そう思わずにはいられない。たぶん、ずっと友達から削除できない。私に彼女を思い出させる唯一の縁だから。
人生は交錯する。これからも、出会いと別れを繰り返すことだろう。でも、忘れてはいけない。「いつかでは遅いのだということ」「声にならない叫びがあること」を。
すれ違い、別れる前に、一度相手に振り返ってみようと思う。そのとき伸ばした手が、その人を救えるのなら、少しでも留まる切欠となるのならば………。
今晩は、アイリスの香りに包まれて眠ろう。そろそろ、あの美しい人が旅立った季節が、また巡ってくる。
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