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塔2024年2月号若葉集より(好きだなと思った歌10首)

塔の会誌を読みながら、ああいいなと思った歌に印をつけています。印をつけただけだと忘れてしまうので書き写すようにしています。
こちらではそのうち10首を紹介します。


満月のなかみはきつとこの桃のやうにやはらか 月光を吸ふ/小金森まき

2024.2   塔 若葉集

色や形から想像させられる満月を桃という比喩から感触、そして味までも感じられる想像の展開が素晴らしい。桃を「吸ふ」のは、ぴちゃぴちゃとした液体の感じや、音、甘さまでも感じられる。


父と母が揺れていた夜に出てた月 忘れたいことばかり忘れない/石田犀

2024.2   塔 若葉集

ずっと記憶に残ってしまう出来事がある。はっきりとした理由まではわからない。揺れているという表現にそこに触れられない、触れたくない、そんな主体と両親の距離を感じた。


今、頼む仕事は全て「祭りの後でいいですか」と返される/大西伸子

2024.2   塔 若葉集

地域の祭りの大きな象徴的な存在を感じた。仕事を頼んだ主体はその大きさにとまどっているように思う。中の人を外からみる視点の異質さが現れている。


灼熱の砂に寝ころび受け入れる僕らはししゃもひと皿のししゃも/佐藤茂樹

2024.2   塔 若葉集

海をみてちっぽけだなと思うことはあっても、ししゃもと思うことはなかった。面白い。ししゃものリフレインが小気味良い。ひと皿のという描写がイメージを的確に印象付ける。存在の取るに足らなさが強調されている。

我ひとり眠る一間の寝室に永遠(とわ)より長い踏切の音/初夏みどり

2024.2   塔 若葉集

うちの寝室も踏切の音が聞こえる。一度気にしてしまうと心拍とも時計とも違うリズムに耳を持っていかれる。電車が通り過ぎたあともその音が耳でずっとなっている。実際の音とそこに引きずられる体内の音が混ざってゆく終わりのない感覚。この先自分はどうなってしまうのだろうという漠然とした不安と結びつく。

チョコエッグの殻割りながら聴いている警察無線に混じる雑音/野添はるか

2024.2   塔 若葉集

食玩のチョコエッグ。中には何かのフィギュアが入っている。チョコレートと甘さやかわいらしい玩具からの、警察無線という不穏さへの展開がすごい。警察無線を傍受しているのか、もしくは警察官なのか。チョコの中の空洞に何かがあるチョコエッグと本来の業務ではない雑音が近すぎず遠すぎない配置で惹かれた。

ひとりづつ生きていかうねわたしたち靴下だつたことは忘れて/藤田ゆき乃

2024.2   塔 若葉集

別れを詠んだものだろう。これからはそれぞれで生きる二人を靴下と喩えたことにはっとさせられた。二つで一つというものがそれぞれの道を歩む足であること、それを忘れようということ。二つで一つということが幻であったようにせつない。


葬式の司会のひとが哀しみを湛えた目で見るアップルウォッチ/松本淳一

2024.2   塔 若葉集

厳かな場面にそぐわないわけではないがアップルウォッチが妙なギャップを生んでいる。いろいろな機能があるが、哀しみを湛えた目で見るものじゃない。着目がおもしろい。


表札が孕んだようにカマキリの卵貼りつく名字の上に/マドイビト

2024.2   塔 若葉集

表札に卵がついているだけだが、孕んだように、カマキリという具体がおかしみを増す。悪意とかないだろうに、誤解されやすいキリッとしたカマキリの顔が浮かんでくる。

電車には種類があってしばらくはあまり遠くへ行かない電車/杜崎ひらく

2024.2   塔 若葉集

行き先が違う電車は確かに普通にあり、遠くへ行く電車は本数が少なかったりする。発見。僕も熱海行きの電車をみると乗っていけたらどんなに楽かと思いを巡らすことがある。主体もここじゃないどこかへ行きたいと思っているのだろう。



以上です。
お読みいただきありがとうございました。

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