2022.12.15(木) 船団散在号が届く 坪内稔典作品は?

船団の散在号が届いた。
12月3日に開催された京都での「散在後の集い」で配ったと聞いていたので、先々週くらいには届くのかなと思っていたが、ようやく現物を拝むことができた。


パッと開いて

パスワードヒントは四年生の秋 久留島元
しゃがんだりのぞきこんだり春の昼 内橋可奈子
新年のカニカマ裂けるだけ裂かれ 藤田俊
ツンデレのツンに傾きたい案山子 塩見恵介

この辺りを見ながら「かわらへんなぁ〜」という同窓会をしたときにような感覚というか安心感みたいなものがあった。あと同級生の加藤綾那さんが出してなくて「えぇ〜〜」と思った。少し楽しみにしていたので。。

次に坪内さんの作品

朝はもう窓いっぱいの夏の空 坪内稔典

これには、「ん?」と引っかかる感じがあった。
上五の中止法的と言っていいのかわからないこの使い方。
少し「や」切れに似ている。
そういえば切れ字の「や」は問答だと言っていた坪内さん。
「古池や蛙とびこむ水の音」について、「古池とはなんですか?蛙が飛び込む水の音ですよ」と解説していたことを思い出しながら、この問答的な作り方を使って「窓はもう」を作っているように感じた。

あとの坪内作品は、「ドフトエフスキーの孫か湯たんぽは」「ブンタンの同志ではないプーチンは」などは若干作り方のパターン化が感じられる

一雨二雨三雨以上メダカの名 坪内稔典

惜しい感じはするが、着点を「名」にするよりも、もっと独創的な展開を期待してしまった。「一雨二雨三雨以上」という激アツ展開なだけに。

だけど、作品全体的に変化を求めている気配が感じられてビビった。

自分の作品はというと、今年の作品から10句出したが振り返って見るとビミョー。最近は万葉調に取り組み(絶賛苦しみ)作品を書いているが、今回は自分のスタイルにしようとしている分かち書きをメインで入れた。

水道の水漏れ 囀り レンジのチン 川嶋ぱんだ

手を振って さよなら 麦酒飲む意識 川嶋ぱんだ
→さよならの展開として「麦酒」も「飲む意識」もつまらない感じがする。

卵二個使う 夕立 ごめんなさい
→若干「ごめんなさい」が空回り。

大砲の土台 露草 咲く 枯れる 川嶋ぱんだ
→攻めきれていない

遠くまで来てカモメ孤島の俺は葡萄 川嶋ぱんだ
→今見ると金子兜太に影響されすぎ

地は雲を引っ張りつづけ林檎園 川嶋ぱんだ
→ここにきて句柄が変わりすぎ。

と、振り返るとバットの素振りをサボっていたように思える句群でヤッベェと思った次第。

エッセイでは近況が中心。新しく句会をはじめた人、活動の場を求めて新しいグループに入った人。自分も原稿書くとしたら似たようなことを書きそうで恥じた。そのなかで塩見恵介さんのエッセイは裏バリで書いている。
まったく活動の場もなく、作句も奮わず、声もかからないという内容。
実際は関西現代俳句協会を中心に「まるたけ」というグループの代表としてバリバリ活動しているので、今回のエッセイはフィクション。明らかにみんながこんなことを書くやろうなの裏バリで書かれたもので、船団への未練が感じられなくて個人的にはスカッとした。

そして、一番面白かったのは、ねじめ正一さんの「忌野清志郎を読む」
35年前の忌野清志郎さんとの対談の話で、共通の知人Mの話をしたら、対談中ずっと照れていた忌野清志郎さんの目つきが変わり、怒って帰ったというもの。その後35年が経過してMにそのことを伝えた結末の余韻がとてもよかった。

そうそう、先日の里人樽俎のときに雨宮慶子さんから教えていただいた『荒地の恋』を読まなければと思った。

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