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HSP看護師がライターを目指すまでの軌跡 〜パート2〜

パート1を読んでくださった方ありがとうございます。まだ読んでないという方は、パート1から読んでいただくと分かりやすいと思います。
パート1では看護学校時代までのエピソードをご紹介しました。
今回はいよいよ看護師人生がスタートしたところから始まります。
山あり谷ありのエピソードからライティングとの出会いまでをご紹介します。

山あり谷ありの看護師生活

晴れて看護師となった私は、希望通りの病院、部署に配属されました。
いよいよ看護師生活のスタートです!
よし!バリバリ働くぞ!と意気込んだものの、
私の性格はいっさい変わっていません。
理想像だけが独り歩きをしている状態です。
実際はというと、「患者さんと上手く話せない」
「スタッフともコミュニケーションがとれない」
「何をするのも遅い」など、理想像とはほど遠い状態でした。
生気が抜ける毎日で、患者さんのケアをするより、自分のケアをしなければいけい状態でした。
それでも、頑張って手に入れた資格です。周囲の反対も押し切り、自分で決めた道。
簡単に諦めるわけにはいかない!と思い、頑張りました。
しかし、無理が重なり、そのうち、誰かの些細な言葉に涙が止まらなくなり、患者さんの部屋に行くのが怖くなり、仕事ができなくなりました。
そして、とうとう、動けなくなりました。
休みをくり返しながら、休職することになりました。
看護師になって3年目の時でした。
休職中も何かと仕事が気になっていましたが、カウンセリングや心療内科に通いながら、少しずつ自分と向き合う時間をもつことができました。
1年弱の休職を経て、復帰しました。
その時には、一年だけ頑張る!と決めて復帰しました。
一年後に退職。
再就職先は不妊治療専門クリニックでした。
休職中にお世話になったカウンセラーの先生から、不妊カウンセラーという資格があると聞き、興味を持ちました。
不妊カウンセラーの資格をとり、新たなフィールドで頑張っていた矢先、過酷な業務と人間関係に悩まされ、再び、休職をはさんで退職となりました。
たび重なる休職からの退職劇は私の体と心を蝕んでいきました。
看護師をやっていくエネルギーは限りなくゼロに近い状態でした。
看護師に向いていないと感じ、看護の世界から身を引くことにしました。
しばらくは、何もやる気は起こらず、ひきこもり状態でした。
生きる希望も楽しみもなく、出口のないトンネルの中を彷徨っていました。
周りの支えもあり、少しずつ元気を取り戻し、社会復帰しようと思えるようになりました。
社会復帰の先は、看護とは全く違う世界でした。違う世界を覗いてみたいと思いから、近所のレストランで働いてみることにしました。
料理を食べて笑顔で帰られるお客様を見て、うれしい気持ちになりました。
感情を失っていた私に、感情が少しずつ戻ってきた瞬間でもありました。
その後、ちょっとした運命的な出会いを果たし、また看護がしたくなり、2年弱のブランクを経て復帰しました。
そこからは、訪問看護を6年経験し、現在は緩和ケア病棟で6年目になります。
この10年も山あり谷あり、周囲に支えられて、続けることができました。
そして、自身の失敗を振り返り、対人援助者として、他人を知る前に自分自身を知る必要があることに気がつきました。
徹底的に自分自身と向き合う作業を行い、たどりついた答えは自分の強みを見つけ、強みを活かすこと!
そこからは、自分でも変わったと感じるくらいの変化がありました。
詳細はまた、どこかでお伝えできたらと思います。
このようなドタバタ劇を繰り広げながら、今なお、看護師をやってます!
自分でもなかなか諦めの悪い性格だと自負しております。

ライティングとの出会い

2020年より始まったコロナの流行は、留まるところを知らない勢いで私達の生活を脅かし続けています。
良くも悪くもコロナ禍で、私達は今までのあたり前を考え直さなければならなくなりました。
例外なく私自身も…。
あたり前にできていたことができなくなり、会いたい人に会えない日々。
その反面、大切にしたいことや何気ない日常のありがたさに気づくことができました。
そして、大切にしたいことが見えてきました。
それは、家族や身近な人を大切にすること、組織に縛られずに自由に生きたいという気持ちでした。
そこで、本格的にこれからの働き方について考えました。
家族に任せきりだった家事ができ、自分の心を守りながらできる仕事を模索しました。
そこで出会ったのが「ライティング」でした。
自己表現が苦手な私が、唯一表現できる場所が「書く」ことでした。
「書く」ことは得意ではないですが、「好き」なことでした。
なんだかとってもワクワクしてきて、さっそく、
検索しました。
すると、看護師資格が活かせる医療ライターなるものがあることを知りました。
更に検索していると…ある講義にたどりつきました。
その先生がされている講義にハマり、気がつけば、続けて3回受講していたのです。
そして、「もっと知りたい」「もっとスキルアップしたい」と思うようになり、3ヶ月の講座に申し込むことにしました。
そこからは、まだ1か月も経っていないにも関わらず、生活や心のあり方が劇的に変わったのです。
まさに運命的な出会いでした。

人生何があるか分からないからこそ、不安や迷いはつきものです。しかし、楽しいことも同じくらいたくさんあります。
人生のどん底にいるときは、明るい未来は想像できないかもしれませんが、生きていたら必ず楽しいことがあります。
良いことも悪いことも五分五分だと思えたら、少し気持ちが楽になりませんか?
長くて短い人生、楽しく過ごしていけたらいいなと思っています。
2回に分けて長い文章を読んでいただきありがとうございます。
今後、このnoteでは私自身の経験をもとに、皆さんに元気過ごしてもらえる発信をしたいと思います。未熟な文章ではありますが、「継続は力なり」精神で頑張りたいと思います。
これからもよろしくお願いします。

次回は、運命的な出会いとなったライティング講座の詳細についてご紹介したいと思います。
ライティング講座にご興味がある方は必見です❗


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