見出し画像

文章表現を指先で再び

あなたが20代の頃に夢中になり
一人読み耽ったという作家の小説を
私に教えてくれたのは
まだ私たちが出会って間もない頃だった

私はあなたの軌跡が知りたくて
その小説をとても丁寧に扱ったの

読み進める度に出会う
惹き込まれてやまないその文章表現に
私は物語から一旦抜け出て
あなたに都度報告していたの

この表現がどうしようもなく美しい
あの表現が考えつかないほど深い

そんなやり取りをしていたあの頃の私たちは
とても親密でとても閉鎖的で
きっと誰も入り込むことができなかった

決して新しくはない
紙の本に存在する美しい文章を
神経が研ぎ澄まされた指先を使って
あなたへのメッセージ画面に打ち込み
再現していく私の行程

忙殺される日々
情緒的な文章に触れる機会が
自然と巡ってくることはない中で
送られてくるメッセージをもとに
遥か彼方にある感慨の記憶が甦り
それを私に伝えてくれるあなたの返信

それはまるで
人生の輝きの一場面のようだった


そして今、私たちはなお
想い合っている最中であるはずなのに

その遠い輝きがふと頭によぎると

別の作家の小説を傍らに
涙ぐまずには
いられないんだ


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?