【短編小説】あなたが美しかった頃

 どこか遠い時代、遠い国でのお話。

 戦火のさなか親を失った子らを救い、聖女と呼ばれた修道女がおりました。
 これはそんな聖女が、まだ見習い修道女だった頃の物語……



 その頃は、街の至るところに険しい顔をした衛兵がおりました。隣国との戦争が近く、街中の空気は自然とひりつき、人々の営みにも暗い影を落としました。
 修道院の付近にも武器を持った衛兵が毎日のように佇んでいて、修道女たちの噂話の種は、ほとんどが彼らについてでした。

 そんな時節に、後に聖女と呼ばれる少女は、神に生涯を捧げると誓いました。

「お嬢さん、落としましたよ」

 当時の彼女は、大切なロザリオを地面に落としてしまうほどのうっかり者でした。

「えっ……。あ、 ありがとうございます!」
「いえいえ、気を付けて」

 ロザリオを拾った衛兵はにこやかに笑い、礼拝に向かう彼女を見送りました。
 修道女は神に純潔を捧げた身。だからこそ彼はただ、彼女を、そして彼女が住む街を守れることを、自身の誇りにしていたのです。

「あ、あの、先程は本当に助かりました」
「お気になさらず。ちょうど、そこにいただけですから」

 柔らかく微笑む青年に、少女は思わず頬を熱くしました。
 孤児として修道院で育ち、神様に恩を返すためにと修道女になったことは彼女とて忘れていません。けれど、話をすることで心を弾ませていたのも、また事実なのでした。



 やがて時が経ち、傷ついた衛兵たちが修道院のベッドに横たわるようになりました。その数は増え続け、神の国へと旅立つものも少なくありませんでした。

 件の修道女も、せめて何か手伝おうと右へ左へ、あくせく奔走しておりました。
 そんな折に、件の衛兵が、1人の子供を抱えて飛び込んできたのです。

 彼女は悟りました。
 いよいよ、この街も……と。


 事は、一晩のうちに終わりました。
 

 すべてが瓦礫となった朝、修道女は祈りを捧げ、地に伏してわっと泣きました。

「どうして、どうしてこんな惨いことを」

 傍らに立った衛兵は、満身創痍のままに告げました。

「僕が仇を取りましょう」

 静かな声で、それだけ告げました。



 後に衛兵は他国で処刑され、祖国の英雄となりました。
 さらに数年後、老いた聖女はこう語りました。

「私は彼が偉大な英雄ではなく、ただ清かった日を知っています。……決して、忘れてはならぬ時間です」

 修道女が大切に持っていた手紙には、こう書かれていたそうです。

『貴女は、どうか、救う側でいてください』
『愛していました』

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