セブンスターくん

元彼の一人に一か月か二か月そこら付き合っていた男がいる。
オタク趣味で気が合って顔がよかったという理由だけで付き合った気がする。あとは自分自身が喫煙者であるため一緒にいる人間も喫煙者である方が気楽なため、その男も煙草を吸っていた。以下、男が吸っていた煙草の銘柄からセブンスター君と呼ぶことにする。

セブンスター君は付き合い始めてすぐ友達と沖縄旅行に行っていた。こんな感じだよと海の写真が送られてきたのを覚えている。ここからすでに伏線が張られていた。

セブンスター君は就活が上手くいかなかったそうで、地元の東京を離れ私の住む地方の会社で営業をやっていた。わりとちゃんと整理整頓のされている一人暮らしの家には実家からお母さんが泊まりに来ることがあるそうで、女性が好みそうなブランケットやちょっとした化粧ポーチが洗面所に置かれていた。そこでなんとなく違和感はあったと思うのだが、他の女の影として感じるには化粧品があまり若いチョイスではなかったため、私はしっかりと騙された。

オタクなセブンスター君とは年齢が自分とほぼ変わらないため、オタクの友達がいない自分は世代のアニメやゲーム、特撮の話などをして楽しくデートを重ねていた。喧嘩することもなく、穏やかな交際である。

がしかし、セブンスター君が休日であると聞いていたある日、私は朝起きると理由もなく異様にイライラしていた。特にお互い会う約束をしていたわけでもない、ちょうどいい距離感の休日に。
身支度を整え、連絡を入れずにセブンスター君の家まで行った。セブンスター君が地方に勤めるにあたって買ってすぐ故障した軽自動車に代わって、彼の会社の社用車がアパートの駐車場に止まっていた。車社会の地方において、自宅に車が止めてあるということは在宅を意味する。

時刻は朝の9時すぎだったと思う。寝起きからの身に覚えのない苛立ちから、なぜセブンスター君の家に早々に向かったのか。虫の報せというやつか、女の勘というものか。

在宅していることを確認して、足音を立てずにセブンスター君の部屋がある二階の角部屋へ足を運ぶ。扉の前まで来て、チャイムを押すかどうかの迷いは、原因不明の苛立ちの前に一秒もなく消えた。押さない。

静かにドアノブに手をかける。なんということだろう、不用心にも鍵がかかっていなかった。扉が薄く開いた瞬間に、目に飛び込んできたのはセブンスター君の靴の横に並んだ女ものの小さなサイズの黒いフラットシューズ。
気の置けない仲なのだろう、デートのために用意した靴というよりは、カジュアルにいつも履いているような靴だと察した。靴から視線を上げると、廊下の先に見えるリビングに、布団を敷いて寝ているではないか。二人分の塊が。

苛立ちも怒りもなく、驚きで身体が身体が動かないなんていうこともない。
靴を脱ぎ、真っすぐに布団で寝ている人間の元へ行き、私やセブンスター君より年長の女とすやすやと寝ている男の顔を確認して、女に抱き着いて横向きになっている男の横顔を思いっきり踏んだ。私が超人であったなら絶命しているであろう。

いっった!!!!(い)

と言って起きたセブンスター君は、え、なんでいんの、と言った。
鍵開いてたからさ。と答え、その人は誰だと私は訊いた。その時すでにセブンスター君の隣で寝ていた女性は起きており、セブンスター君は私の問いに、彼女です、と言った。なるほど、私がセカンドであったのだ。

セブンスターの方を二言三言罵ったような気もするが、自分が浮気相手であると分かったなら話は早い。彼女さんに向かって、すみません、お付き合いしている方がいるとは知りませんでしたと頭を下げた。私の弁に女性は驚いたまま、これはどういうことかと確認するようにセブンスター君に聞いていたが、寝起きの頭でも彼女はその場を理解している怒りを孕んだ顔をしていた。言葉が出ない様子のセブンスター君に、また浮気したんだね、と女性は言い放ち、浮気のしっぽを出した覚えがないのに寝起きを襲撃されたセブンスター君は答えに窮した。

すみません、話があるのでこの人借りてもいいですか?と彼女さんに私は確認を取ったが、なんとセブンスター君がいやここでいいじゃん、と話を遮ろうとした。バカである。三人で話すことなどない。この場で明確なのはセカンドである私と浮気をされた彼女、そして双方を騙したセブンスター君が悪いということのみだ。その存在もお互いに今さっき知った彼女さんに私が出来ることは謝ることだけで、あとはセブンスター君に話を聞くだけである。
セブンスター君の部屋で話すことは断り、じゃあ私の車で話そうかと提案したが、流石に就寝中の頭を踏んで襲撃してくる相手の車には乗りたくないのか、ちょっと外で、と言われたので了承した。

セブンスター君の家から百メートルほど離れた民家の裏手だったか、住宅街でも人通りのない道路で話は始まった。ガードレールか空き地と道路の段差だかに私は腰かけ、セブンスター君には道路に正座してもらった。
確認したところセブンスター宅の化粧ポーチなどは母親のものではなく、美人な40代の彼女のものだったそうだ。そういえば、セブン宅を出る前にセブンが「だから私の荷物玄関に隠してるの?」とか彼女さんに聞かれていた気がする。答え合わせが進む中、聞いていた旅行の同行者はその彼女であり、地方に引っ越す以前から何年も付き合っている中何度か浮気を重ね、次にまた不貞を働いたら別れると言われているそうだった。よく許して貰えてたな。

私の悪い癖で、罵るのは罵るのだが、その生き方では彼女を悲しませるのはもちろん、セブンスター君自身も幸せにはならないだろうという旨の説教をしたと覚えている。そこまで親切なこと言ってやらんでもよかろうに。

とりあえず、別れるも何も自分がセカンドである以上セブンスター君とは他人であり何の関係も次に持つことはないが、土下座かビンタかどちらかを選べと言った。彼は土下座でお願いしますと言ったので、プライドはないのかバカがよ、と言って土下座もビンタもなしにセブン宅へ戻ることにした。真にセブンスター君を断罪すべきは私よりも関係の深い彼女さんでもあり、私自身は正座で説教される男の情けない姿に殴る気も失せていた。

私はセブン宅に戻り次第彼女さんにもう一度謝ったが、彼女さんは知らない女に連れ出され詰められて帰ってきてだんまりとしている彼氏に対してこちらからは何とも言えない雰囲気を出しており、こちらこそすみません、と言っていた気がする。三人で話そうなんていう私に責任が降りかかりそうな場面を一瞬でも画策した男の愚かさぐらい、彼女さんも理解していたんじゃないかと思う。

彼女さんが私に対して謝ったことでセブンスター君がほっとしたような様子を見せたので、今度は彼女さんがセブンに、話すことあるよね?と仰った。私はもうこれで終わりなので、お邪魔しました、と挨拶もそこそこにお暇させてもらい、セブンスターのLINEをブロック&削除し、地元の女友達に電話して、その日は長いことサイゼリヤで友達に愚痴を聞いてもらった。自分自身の第六感に感謝したのは、後にも先にも、今のところこの時だけだ。


(蛇足だが、まあどんなifの関係かは分からないが、被害者のセブンスター君の彼女さんがいなかったら、セブンスター君に土下座かビンタか選べと選ばせた後、おそらく私はグーでセブンをビンタしていたと思う。)







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