D&Dのログを残す重要性についての私見
2023年2月23日に都内で開催されたBeholderさんを囲んでAD&Dを語る会。ただの思い出話だけではなく、Beholderさんから問題提起も頂いたので、私見に基づいてまとめてみようと思う。
本稿の責任は著者にある。誤解・認識不足については適宜修正し更新していく予定である。
Beholderさんのツイートはこちら
ログをめぐる課題
1980年代からの国内ゲームシーンのログを残すべき背景・課題を下記にまとめてみた。
初期のD&D/AD&Dのプレイ経験から多くのクリエイターが生まれ、現代のゲームシーンにも影響を及ぼしている。1980年代のゲームシーンには参加者の創造性を掻き立て、クリエイターを生み出す素地(プレイ環境・メンバー等)があったのではないか?
当時のゲームシーンに関する情報を探索する場合、雑誌やWebサイトに掲載された過去のプレイログ(リプレイ)を参照することになる。しかし、これらは読み手に向けて面白くなるように記述されており、実際の現場的なプレイに関する視座が抜け落ちる傾向がある。特に人間関係や組織といった記録は十分に残されていない。
雑誌やWebサイトに載らないDMのマスタリング技術や人間関係の築き方、サークルの設立・運用等の活動に関する情報はサークルメンバーや友人に語り継がれるのみとなっている。結果として印象的な武勇伝や苦労話のみが残ってしまい、過去の記録として扱う上では配慮を要する。
今のうちに1980年代のゲームシーンに関するログを残しておかないと、当時のセッションを体験しているDMから直接記録を取ることができなくなる。
1980年代D&D記録の現状
近年はD&Dセッションの様子を動画記録として共有する環境も整っており、SNSのログからTRPGプレイ環境を構築したコミュニケーション履歴を残すこともできる。
しかし、現時点において1980年代のD&Dプレイ状況を把握しようとすると、下記のアプローチが挙げられよう。
口伝・思い出話
書籍等の作品
個人のプレイ記録・メモ
1.口伝・思い出話は人の記憶に依拠しているため、打ち上げの飲み会で面白おかしく話をしていく過程で誇張されることもある。古い記憶になれば印象的なエピソードしか残らないため、ささいなやり取りや細々したタスクについては忘れ去られるだろう。
人は何某か武勇伝に惹かれるものであり、1人の語り部に当時の状況把握を全て委ねると妥当性を検証することが困難である。
2.書籍に関してはこれまでも著名なDMが作品の中でプレイ風景の紹介を行ってきた。黒田幸弘の『D&Dがよくわかる本』『クロちゃんのRPG見聞録』『クロちゃんのRPG千夜一夜』やゲイリー・ガイギャックスの『ロールプレイング・ゲームの達人』『実践 ゲームマスターの達人』等の書籍が有名であろう。
これらの記事の中には執筆当時の状況やプレイ環境の記載があるものの、不特定の読み手が喜ぶように編集され、作品に不要な情報(現場でのみ必要な情報・個人情報・内輪ネタ等)は削除されていると考えて良い。
作中のTRPGエピソードは盛り上がるように多かれ少なかれ脚色されているものだし、読み物としては良いにしても記録として使う場合には注意を要するだろう。
口伝・思い出話や著作物に共通する注意点として、本人が自然に・無意識に判断して実行している点については抜け落ちてしまっている可能性が高いことも挙げられよう。
著者が重要だと思っている項目は手厚く記述されるものの、著者が重要と自覚していない項目については重要性を書きようが無い。周囲から見れば重要と感じるポイントであっても、当人が無意識に行っていることであれば残らないのである。
結果として当時の事実よりも著者が伝えたいことが強く出てくるため、読者が本当に知りたい情報が漏れてしまうことが危惧される。
3.個人のセッションメモ・シナリオノートなどは意識して記録を取集・保管していないと残っていない。引越しのタイミングで廃棄した人も多いだろうが、中には丁寧に手書きのメモやノートを大切に保管している人もいるはずだ。そういった几帳面な方の記録は手がかりとして重宝されるに違いない。
情報発信者のバイアスがなるべく掛からない事実関係の記録としてのログを残すことができれば、D&Dプレイ環境に関する研究に貢献することができるだろう。
どうやって残していくか?復刻させるか?
もちろん、これから1980年代のセッションログを再度取得することは不可能である。記録が散逸した状態で「そのD&Dセッションはいつ、どこで、誰と、どのように遊んだか」を全て思い起こして書き出していくのは現実的ではない。
まずは当時のプレイ環境・状況に関する発言・会話を可能な範囲で記録としてまとめていくことだろう。
アプローチやテーマの類似性から
『ロードス島戦記』とその時代 黎明期角川メディアミックス証言集
が参考になる。
この書籍はD&Dリプレイからロードス島戦記が生まれ、それが小説をはじめとした多数のメディアで展開されるようになった過程を解き明かす証言集である。安田均・水野良らへのインタビューや公開ヒアリングの会話が収録されており、研究に必要な当事者が発信した情報が整理されている。
本稿のテーマに関しては、D&Dのプレイ経験が創作活動のきっかけとなったクリエイターにインタビューを行い、オーラルヒストリー(口述歴史)としてまとめておくことが有効である。クリエイターが複数人いる場合は、内容を比較できるように質問を検討して備えておくと良いだろう。
続いて1980年代D&Dをプレイしていたグループの代表者にインタビューをすると良い。可能であれば関係者複数人で内容を確認し、認識が合致する点と異なる点を明らかにしておくことが望ましい。
グループインタビューで話を振り、会話の中で思い出してもらいながら記録をとることも有効だ。当人が意識していないことでも、複数人の会話の中で思い出していくこともある。
もちろんインタビュー記録を文字起こしするだけでは、口伝の文字化で終わってしまう。インタビュー記録どうしの付き合わせや文献記録(オフィシャルD&Dマガジン等)との照合を行って、内容の妥当性を確認しておく必要がある。
クリエイターインタビューの結果から重要と思われる要因を抽出した上で、質問の切り口を定めてベテランDM陣へインタビューを行うことで効率的に研究を進めることができる。
また、さまざまなサークルのDMを集めて当時の状況を語ってもらうことで、当時の状況を網羅的に整理して証言をデータベース化してまとめることも後世の研究の手がかりとなるだろう。
近年では音声データの文字起こしや、自然言語処理による記録の整理・要約も低コストで実施できるようになっている。
初期D&Dシーンを知るベテランDM陣に残された時間は長くはない。
今のうちから当時のことを語り、記録に残し、突き合わせて確認し・・・というログ保全の活動を進めていくべきであろう。
補足:将来必要となるログの検討
取れるかどうかは別として、ログとして残っていると便利な情報を書き出してみた。
項目を掘り下げていけばキリがないが、インタビューの切り口にも使うので一度検討してみると良いだろう。
プレイした日時・場所
卓を囲んだメンバー:DMとプレイヤー
メンバー構成とパーティ構成
プレイ内容:シナリオとプレイ状況・結末
プレイの感想
短期的なプレイメンバーの集め方:セッション参加メンバーをどうやって集めたか?
中長期的なプレイメンバーの集め方:入学・卒業・就職・転勤・転職等、人の入れ替わりのタイミングでどのようにメンバーを揃えたか?
キャンペーン計画の立案方法(DM)
プレイ環境の設計方法(DM)
セッションにおけるマスタリング方法(DM)
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